2022年01月31日

growing reed

今や別所さんと並んでJWAVEでも長いキャリアを誇る岡田准一さんがナビゲートするグローイングリード
今回のゲストは全裸監督2のメガホンをとった後藤孝太郎さん
実は2人はまだお互いに駆け出しの若い日に撮影現場で顔を合わせた仲だとか。
普通だったらお顔を忘れてもおかしくは無い駆け出しの助監督だった後藤さんを岡田さんはしっかり覚えていたと言います。
実は同い年のお2人、共に映画撮影という現場でキャリアを積み重ね、共に主軸として映画を支える存在にまで成長して来ました。
今夜はベテランの俳優として、新進気鋭の監督にアプローチする1時間。

監督は編集よりも現場が何より好きと公言します。そのキッカケとなったのは若き日の岡田さんが見せた迫真の芝居
演じる側、演出する側から双方を眺めた演技論、映画論へと話は展開してゆきます。
トムクルーズが見せる迫力のスタントシーンはスタッフの努力と信頼関係があるからこそ!むしろ役者に依存する立ち回りシーンの方が遥かに役者のリスクは大きいとは岡田さんの弁。
コロナ禍と言う環境の変化に撮影現場ではどう対応して来たか?ネット配信ビジネスが撮影環境をどのように変えたのか?
興味深い話は延々と続きます。

映画好きには聞き逃せない1時間、万一聴き逃しちゃったとしても今はタイムフリー機能と言う強い味方がついています。この時間からでも遅くはありません。是非ご一聴のほどを!

| 03:11 | コメント(0) | カテゴリー:番組のお知らせ

2022年01月30日

3020系

東急電鉄から来年4月の新規開業路線が発表されました。
現在目黒から日吉まで繋がっている目黒線のレールがトンネルを潜って新横浜をかすめて羽沢まで伸びて相鉄に繋がると言うモノです。
既に日吉は横浜市営地下鉄の乗り換え駅にもなっていますが、もう一つ起点が増えるワケです。
併せて目黒線に投入される3020系車両も発表されました。目黒線にとっては久しぶりの新車投入、しかも最初から8両編成がこの4月に投入されます。
そもそも目黒線と地下鉄南北線は10両編成を前提に設計されていて工事も終えています。だから停止位置表示や案内表示をアレンジするだけで対応okです。

そこで期待されるのが朝の武蔵小杉駅の絶望的な混雑の緩和。
まだ一編成が8両化されるのみとはいえ順次10両化されると多少なりとも、タワマンから通勤する利用客には朗報かも知れません。
そして真打とも言える相鉄線との直通
田園調布や奥沢駅にも相鉄のあのアストンマーチンみたいな濃いブルーの車両が乗り入れて来るのですから、これはもう何本遅らせてでも乗りたい気分です。
おまけに乗り換え無しで新横浜に直行!奥沢から乗った電車を降りるときには新横浜と言う夢のような話が実現します。これなら熱海まで行くにも乗り換え一回でJR在来線も使わずに行ける事になります。
未来もまんざら捨てたもんじゃ無い?楽しみな2023年4月のお話でした。

| 04:30 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月29日

ubudの旅気分

今朝(土)5時放送のmorning voyageはインドネシア🇮🇩バリ島の観光地ubudがテーマでした。
Nicoも思わず、トリップしたまま帰って来れなくなるかと思うくらい心地よい時間とサウンドに包まれていましたね。

国際的に人気のビーチリゾート-クタは空港から至近距離で観光客も多くナイトライフが賑やかな事も特徴
一方山間にある新興のリゾートタウン、ウブドは空港から東へ海沿いにクルマを1時間ばかり走らせて?、そこから山道を30分ほど上って到着です。
位置的には茅ヶ崎の海岸と箱根湯本の商店街みたいな感じと言ったらその雰囲気の違いがわかるでしょうか?

棚田が並ぶ深い谷間の向こうには建設中のコテージが立ち並んでいたり絶景を眺めながら至福の一杯が飲めるコーヒー農園があったり。
目抜き通り上行けばブランドショップに人気レストランがひしめき合う、ちょっとした竹下通り状態。滅多なことでは駐車スペースも見つかりません。ブランドショップに混じって昔ながらの藤で出来た民芸品を売る店もたくさん見受けられます。
近年では隠れ家的な高級なリゾートホテルも増えていて、広い露天風呂でお盆に浮かべた贅沢な食事の写メ上アップするのも流行っている様です。
でもクタビーチの様な都会的な雰囲気は無くあくまでも小さな軽井沢。泳げない人にはこちらも有力な休日の候補地になることでしょう!

ガムランの心地よいリズミカルな旋律は、どことなくロックの陶酔感にも似た味わいがあると思います。
ジャコウ猫が生産に協力してくれる絶品のコーヒーを飲みながら、棚田の景色にどことなく昭和な懐かしい空気を思い出させてくれる、そんなウブドの旅
番組上聴きながらそんな気分にちょっとでも触れて貰えたら!


気になったという方も是非タイムフリー機能で今日午前5時にタイムワープを!

| 21:13 | コメント(0) | カテゴリー:番組のお知らせ

2022年01月28日

1955-2022

どうやら噂ではクラウンのセダンについてオーダーの終了が指令された模様です
という事は新型クラウンが登場しない限りクラウン60余年の歴史にピリオドが打たれるという事
これは大きな歴史の転換点かも知れません。

昭和30年代に純国産乗用車として華々しくデビューして常にトヨタを代表するセダンとして、あるいは常にタクシーキャブとしても街の風景の一部を成すくらい当たり前の存在でした。
販売面でもリードし続ける存在でライバルが勝るとニュースにもなる位、売れて当然なクルマでした。

そんな王者ですが、ここ数回のモデルチェンジでは若返りに腐心したようで、少なからずイメージチェンジを試みた痕跡が見られます。
3ナンバー専用ボディを纏ってからも既に30年以上、伝統だったフレーム構造も直列6気筒エンジンも消えてしまい、その伝統は薄まっていたかもしれません。しかしトヨタ代表選手である事に変わりはありませんでした。
アリストやレクサスGSという兄弟車が生まれた事も平成のトピックでしたが、それも一足はやく消滅、セダンの存在そのものが、いやガソリン車の在り方そのものが問われる時代になってしまったと言うべきか?

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クラウンが見つめて来た日本の自動車工業も大きく変わって来ました。対米輸出を目論んで最初に船積みされたのも初代の非力なクラウンだったし、それから国産車が北米でも売れに売れたあと、国内専売車として日本車を見つめ「いつかはクラウン」の名のもとに、オーナードライバーが目指すべきゴールとしても燦然と輝いていました。。

日本の自動車工業もトヨタ自身も大きな変革を求められるこれからの未来、クラウンのようなポジションのクルマはMIRAIが担っているのかもしれません。水素燃料だけを搭載して、関西までもノンストップで走り抜けるハイオーナーのためのセダン・・・・そういえばMIRAIの車台はほぼクラウンのものと同一だし・・・

| 21:13 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月27日

media_mixという手法

映画「サタデー・ナイト・フィーバー」の大ヒットはアメリカばかりか日本も熱狂の渦に巻き込みました。
映画がヒットしただけではありません。サウンド・トラック盤はベスト・セラーとなり、ここから5曲以上が連続してシングルカットされ、ヒットチャートのトップを半年近くも一つのレコード会社が席巻する記録的な大当たりとなりました。
この戦略をきっかけとして、メディア・ミックスという考え方が広まります。他メディアをライバルとしてではなく、宣伝媒体と捉えて協調し、複合効果を狙おうという戦略です。
映画を観た人はアルバムを買いに走り、感動の余韻に浸る。ヒット曲を繰り返し聞いたリスナーはどんな映画か、観に劇場へ足を運ぶ。映画と音楽業界が双方を宣伝媒体として補完関係を結ぶ最初の成功例と目されているのがこの映画でした。

日本でもすぐさま応用した会社があります。角川書店の御曹司が始めた映画製作、その映画音楽をヒットチャートに送り込み、更には書店でも原作本のプロモーションを展開する。この戦略からは機関銃を持ってカ・イ・カ・ンと口走る薬師丸ひろ子、時をかける原田知世、といったスターが生まれ横溝正史の作品がベストセラーとして広く愛読されることになるのです。
金田一耕助が登場する横溝作品は何本も映画化され、そのたびにTVCFが繰り返し放送されて、男子はプールの季節になると必ずと言っていいほど、水上であのポーズを真似したものでした。シンクロナイズドスイミングが知られるよりもずっと前の話です。

CMや書店でのセールのみならず、映画の主題歌を歌ったジョー山中の「人間の証明」がヒットすると、映画、書籍、音楽というメディアがセットで売れるというメディアミックスの効果が一層顕著となります。それは主演女優が歌う、セーラー服と機関銃然り、原田知世の時をかける少女然りで、このころからは映画のヒットと主題歌のヒットは切っても切れない関係となってゆきます。
ヒット曲と結びつける手法はテレビドラマにも多用され、最近の例では逃げ恥の恋ダンスがいい例です。こちらは動画サイトをも巻き込んだ社会ブームとしても捉えられ、ネットをメディアミックスに取り込んだ新たな例にも挙げられるでしょう。

反面、ネットの普及で苦境に立たされた雑誌というメディアが、これから先反撃の狼煙を上げるとするならば、こうしたメディアミックスの手法をとるのも選択肢に挙げられるのではないでしょうか?QRコードを多用することで紙面には表現できない音や動画の世界をリンクさせるとか、購入者にのみ閲覧権利がもたらされるようなサイトへの誘導を袋とじに織り込むとか・・・・
新聞というメディアも、記事に対してのコメントや同意といったレスポンスをリアルタイムで表現できる媒体を共存させることで、より付加価値の高いメディアへと脱皮を図る日が来るのかもしれません・・・・・

| 22:44 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月26日

デジタルmediaの歴史⑴

生活の中に日本でデジタルという言葉が頻繁に顔を見せるようになったのは70年代頃からでしょうか?

デジタルメーターという先進的な計器盤がクルマのかタログを飾る様になったのは80年代から。今やアナログ式の針でスピードを指すメーターを探すのは至難の業かも知れません。腕時計の世界では既に70年代からデジタル表示という、液晶画面を使った表示方法が存在しています。電卓なら更に旧く70年代初めに蛍光管を使ったデジタル卓上計算機が登場しています。

この,手のひらに乗るほどの小さな計算機がどうして瞬時に計算を済ませるのか?計算機の中では10進法ではなく2進法を使った計算が行われていたのです。まずは1から10までの数字を二進法のルールに置き換えなければ計算が出来ません。電卓のキーの数は±や=,×や割る,小数点を含めると10を超えます。
一方二進法ではひとケタだけだと0か1のふたつだけですが2桁だと00、01、10、11の四通り、3桁ならその倍の8通り,そして4桁なら16通りの数字や記号を置き換えることが出来ます。
つまりQRコードだったら4つのマスで電卓の16のキー入力をデジタル信号に置き換えることが出来る訳。
2進法では1+1は01と01を加える・・・1の位は双方とも1なので0を結果として導きだします。その代わり(二進法の)10の位は0なら1に、1なら0にして代わりに100の位を1に・・・・と延々単純作業をすすめます。1と0なら結果は1のまま。ここで活躍するのがダイオード、半導体の特質です。ふたつの課題を与えて二とおりの結果を出力させる。1と1や0と0なら0に。1と0なら1のまま。コンピューターの基本原理は全てこの単純な作業の積み重ねです。
電卓の複雑な計算をこなすためにプログラム言語が開発されます。先頭に行番号を与えられたコマンド、作業手順の通りに仕事を繰り返す第1歩がデジタル腕時計でした。一定の時間がきたら秒の数字をひとつ進める.60まで進んだら0に戻し,1時間進めて,24時間後には1に・・・・ストップウオッチのボタンが押されたら0からスタートして・・・・・

次にデジタル信号を遠くに送って、タイプライター同志を繋ぐと・・・・テレックスの登場です。当初は5ビットの原始的なものから7ビットや日本独自の6ビットなども使われました。2の5乗=32文字しか使えない,けれどもアルファベット26文字死か使わない文章ならどんなに遠くへでもどんなに長い文章でも送ることが出来るようになった訳です。昔のオフィスの代表電話にはこのテレックス回線用の番号を併記したものもありました。長続きはしませんでしたが・・・・

デジタル信号で文字や数字をやり取りできる様になると,電話線を繋いだ二台のコンピューター間で相互に文章を送ったり受け取ったり、電話を通じて会話するように双方のデータをやり取りすることが可能になるわけです。
さてパソコン同志で文字や数字を送受信できる様になると,そこにコミュニケーションの輪が広がる様になります。研究者や趣味の仲間たちが集まってグループを作り始めました。パソコン通信と言って、80年代半ば、日本でも皆が同じメールボックスを読み書きできる様にして共通の話題を語り合う場としたものです。1つ1つのグループはフォーラムと呼ばれ,管理者が設定されて入会や退会の承認を行なっていたものです。リアルタイムで文字データを交換し合えるチャットという機能もこの時産声を上げています。

パソコン同士を介して,音声ファイルや写真・動画の大量データも送受信が可能になるとインターネット空間にwwwという新たな世界共通の表示プログラムが生まれる事になり、インターネットという言葉も頻繁に耳にする様になって来ます。既に日本では平成に年号が替わって数年が過ようとしていました・・・・・

| 15:09 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月25日

mediaの歴史⑶1930s

ドイツのヒットラーはラジオの演説で、大衆の心を掴み一躍ナチ党を政権与党に押し上げた。そう思われていますが調べてみると事実はちょっと違います。なぜならまだ彼らが少数野党だった頃ラジオ放送は与党の支配下にあってヒットラーがラジオ演説を放送することは不可能だったからです。
では、ナチズム共々、彼等はどのようにしてプロパガンダを広めていったのか?

ひとつは外圧の利用でした。イギリスやアメリカの新聞にインタビュー記事を掲載し、イギリスのラジオ放送では肉声によるインタビュー―のプログラムが予定されていました。が、政権側は(新法を拵えて)これを直前に阻止します。
そこでヒットラーは考えました。レコード盤を何万枚と量産して配布したり、演説の模様などをまとめたニュース動画を映画の予告編と共に並べて国中の映画館で上映したのです。さらには選挙遊説のために、演説会場間の移動をユンカースの高性能飛行機に託して一日に大都市を何か所も駆け回ります。予定の時間にわざと遅れて到着し、聴衆の期待を煽るやり方もこの時からのものでプーチンの専売特許ではありません。

選挙運動の甲斐あって政権を手に入れるといよいよラジオ放送を活用した演説のスタートです。が、第1回の放送は惨憺たるものでした。
原稿を棒読みするだけの放送では著しく説得力に欠け、ヒットラーは発生方法から学び直すなど徹底的に演説のノウハウを見直します。演説の放送もスタジオではなく大聴衆を前にした実際の演説風景を放送するやり方に改めました。いわゆるライブ版ってやつです。すると聴衆の歓声や拍手などが効果的なSEとして、演説を彩ります。
映像に残される様々なジェスチャーもこうした過程で彼が学んだものの一つ。チャップリンの名作「独裁者」も、こうした演出がなければ生まれなかったことでしょう。

それだけではありません。政権はさらに担当大臣を通じて電機メーカーに家庭用ラジオの大量生産を命じます。牛のお肉にしてだいたい5kg相当、庶民が買えなくもない価格で・・・・数年後に価格は半分近くにコストダウンし、国民にはヒットラー演説を聞くことが義務として求められたのです。
ラジオ購入者には演説の度に、演説をだれと聞いたか?聞かなかった人はその時間にどこにいたのかなどを書いた用紙の提出が義務化され、職場では集会場に集められた職員たちが大型のスピーカーに耳を傾ける光景が見られました。しばらく後には演説も決して聴衆から歓迎をもって迎えられたとは言い難い状況だったとか・・・・
ラジオ以外にも映画製作やビラの配布などプロパガンダの強要は枚挙にいとまがなかったという程です。

そんなヒットラーの残した政策では高速道路網=アウトバーンの建設と、そこを時速100kmで大人4人を載せて疾走する国民=フォルクスの車=ワーゲン開発が挙げられます。最上の解を提示したのが有名なポルシェ博士でした。メルセデスベンツ在職中にはSSSKという超ド級のスポーツカーを開発した天才です。
国民は労働に応じてスタンプを集め、999マルクで新車が一台買える計算でした。でも、ドイツ敗戦とともにヒットラーもこの世のものではなくなり、戦前にVWを手に入れた顧客は皆無だったと言われています。

オリンピックの開会式に合わせて聖火ランナーを走らせ,国別の入場行進で愛国心を煽る演出を考え出したのも彼だといわれています。メルセデスのグランプリカーが国威発揚の期待を担わされていたことも同じ意味を持っていたとされています。
その目的においては決して正当化されベからざるヒットラーでしたが、用いた手段の中には幾つもが応用されている事が判ります。

| 18:46 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月24日

貝に続く場所にて

ドイツの北部ニーダーザクセン州にある都市.ゲッティンゲン。大学の並ぶこの学研都市には太陽系をもした惑星の模型が並んでおり,最近になって冥王星が惑星の仲間からはずれた事で話題を呼びましたが・・・・・
芥川賞の候補作にもなった本書の著者は仙台生まれの女性、東北大、大学院に学びゲッティンゲン在住。

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舞台は寺田寅彦の作品にも登場するドイツの地方都市のひとつ、ゲッティンゲン。まるで主人公と一緒にこの街を散歩しているかの様に展開します。そこに2011年の津波に呑まれたはずの野宮という男が登場します。大学院では一緒に卒論のテーマを共有した仲、とくにしたしいわけではないものの彼の消息は依然として掴めないまま・・・・・

消息を求めて歩きまわった仙台の街で幾つも目にしたおびただしい数の浮遊しているモノたち、それはかつて誰かが所有していたモノたちであって,今はかつての持ち主たちとは、まったく無関係にそこに存在している・・・・。
ゲッティンゲンの女友達の愛犬が見つけて来る不思議な誰かの元所有物たち、そして町外れに出現するとウワサの冥王星の模型と太陽系の惑星である事を示す撤去されたはずのプレート

作者が描いている世界の中には、この世に存在しないものや過去には存在していたもの、ウワサには上るものの真偽の程は不確かなモノまで区別無く現れては消える。ちょっと不思議な感覚を味わいながら,その独特な美的表現の数々にも酔いしれながら、不思議な惑星間旅行を味わったような読後感が感じられます。
ちょっとストレンジな雰囲気に浸ってみたくなったら、この本のページを開いてみる事をお薦めします。

| 20:20 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月23日

GR-YARIS注目の初戦

今年のダカールラリーはハイラックスが総合優勝を飾り、いよいよ注目のWRC第一戦,モンテカルロラリーが開幕しました。
何と言っても注目は今年のラリー1=カテゴリーに即したGRヤリスのデビューです。ヤリスGR -fourの本格参戦で果たして勢力地図は変わるのか?
市販車のヤリスとはちょっと違って,燃料には化石由来のガソリンは使いません。1600四気筒のターボエンジンはハイブリッド用モーターでブーストされ,トルクが500NMと,とてつもないパワーを発揮します.しかもブレーキングではエネルギーをバッテリーに回収、再利用します。これを機械式のデフで4輪につたえますが,ミッションはマニュアルの5速と決められ,パドルシフトは使いません。ドライバーのテクニックの見せ所といった処でしょうか?

初日の成績を見る限りローブを擁するフォードピューマやタナックを擁するヒュンダイとは互角の勝負。差はほんの僅かです。
モンテと言えば雪と氷のイメージ
でもたいはんのコースは舗装路です.問題はやかんの凍結,思わぬアクシデントに足を掬われない様,最新の注意が必要です。
ss15まで走り終えた時点でヤリスのオジェが24秒のリードでトップ.2番手、3番手のフォードも強敵です。そしてことしから参戦の勝田がSS15の3番手に!、
2番手にはオジェでトップはヒュンダイのティエリーが!
三つ巴の闘いはゴールまで混戦が続きそうでした。

そして最終日最後のステージでトップに立ったのは...
フォードピューマを駆るセバスチャンローブ
残念ながらヤリスのデビューウィンはなりませんでしたが、ポテンシャルはしっかり実証されました。
勝田選手のポテンシャルも発揮されたことが何より期待を抱かせます。
今年のラリーシーズンがきっと素晴らしい展開になる事を願って

| 22:59 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月22日

mediaの歴史⑵1938

ラジオ放送開始当初、メディアそのものが事件になった!
今も伝説に残っている火星人来襲のラジオドラマが全米で放送された時、途中から番組を聞いた人々は本物の臨時ニュースだと思い込んで国中がパニックに陥り、避難先では多数の死傷者が発生した・・・・・・
と一般的には記憶されていますが、事実は違うようです。
俳優オーソン・ウェルズがSF小説『宇宙戦争』を脚色した1938年の放送自体の聴取率は2%程度とされており、紅白歌合戦で女性ダンサーたちが全裸でおどった!と全国民がパニックになるほどの騒ぎには実際に達しなかったようです。
でも、往時の新聞記事には恐怖を語る人々の証言や各地で起きたパニックの様子が連日報道されて・・・・・・

実はこの新聞報道の方に問題があったらしいのです。
当時、ラジオ放送と言えば新たな広告認知の媒体として急成長の真っ最中、多数の広告主を抱える新聞業界にとっては由々しき事態です。今の時代でいえば既存の放送局vsネット広告の出稿量の変化、みたいなものでしょうか?
当然新聞各紙はこの新興メディアのもたらす危険な側面を強調した論調に。報道が事実であるとするなら、ウェルズはじめ担当者はタダでは済まされなかった筈でした。でも実際はお咎めなし。

それでは一体なぜ新聞が、このような誇張した報道をしなければならなかったのか?という点ですが、当時のラジオは新興のメディアとして注目を集め、新聞や雑誌から広告主を奪う強敵とみなされていたから。というのが通説です。この新参者に対して旧来のメディアが脅威を感じて、隙あらば刺してやろう、と考えたとしても不思議はありません。ラジオというメディアに不利益な報道なら大歓迎、という訳です。
おまけに新聞社が行った取材というのも実際にはラジオの聴取者本人よりも噂をまた聞きしてパニックに陥った人からの聞き取りであった、というような説もあって、実際のところは当時の取材記者に質さない限り確かめようがありません。

むしろ、この反響はラジオの影響力の大きさを喧伝することにもなって、放送業界の隆盛にもつながった・・・・・と考えるのは邪道でしょうか?
事実と紛らわしい放送素材の使い方に映像資料の再利用があります。ニュース画面の中に、資料映像と断りをつけるシーンをよく見かけますが、これも誤解を招かないための方策の一つと言えるでしょう。

| 11:00 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月21日

media攻防の相手⑴

昭和20年代、東京や大阪に民間ラジオ放送局が相次ぎ誕生した少しあと、日本で最初のテレビ放送が始まりました。
と言っても高価なテレビ受像機を買える富裕な日本人はまだ数百人しかいなかった時代のこと。そこでテレビ放送を普及させるべく当時の日本テレビは街頭の人が集まりやすい場所に何台もテレビを設置してタダでテレビを見せようと目論みます。
最初のキラー・コンテンツはプロレス中継でした。大相撲出身のプロレスラー力道山はたちまち国民的人気者に!集まりすぎた人だかりで二階の床が抜けたデパートや、駅の改札を制限した電鉄会社の逸話など枚挙に暇がありません。そうしてじわりじわりと普及が進むテレビに対して、次第に脅威を感じるようになったのは、まず映画産業でした。

家庭にテレビが無いのが当たり前だった時代、お気に入りの石原裕次郎を見たければ映画館へ足を運ぶのが普通でした。人気作品の封切ともなればどの映画館も立ち見覚悟の上、扉が閉まり切らないほどの盛況ぶり。今では考えられない黄金時代です。白黒画面のテレビと違ってカラーの大画面で裕次郎を拝める映画館は実は限られていました。

当時は5社協定なるものが存在し、映画スターは各映画会社の社員、または専属契約なので他社の映画に出られません。そこで我が社にも裕次郎に負けない人気者を、と各社新人スターの発掘に奔走します。高倉健や加山雄三、小林旭もこうして発掘された新人スターから出発しています。女優でいえば吉永小百合があまりに有名・・・・
そんな映画の黄金時代は黄金週間=ゴールデンウィークを除いて長く続くものではありませんでした。テレビが普及し始めると、自宅でドラマや映画を座ってタダで視られるようになるからです。テレビ初期から幾つも人気のドラマが生まれました。事件記者というドラマでは黒電話の受話器を左肩と顎に挟んで原稿を聞き書きする新聞記者の姿が全国で真似されるようになったものです。
音楽番組からは幾多のヒット曲も生まれました。坂本九の上を向いて歩こう、梓みちよのこんにちは赤ちゃん、渥美清のひとりモノetc。歌手には実力のみならずルックスも求められた時代の到来です。

皇太子ご成婚を見るために家庭に導入されたテレビによってラジオの聴取時間が割を食うのではないかと危惧されました。そこでラジオは大きな方針変換を図ります。セグメンテーションという考え方です。
例えばお茶の間に集まって家族と一緒にテレビを見られない客層はいないか?カーラジオをつけている職業ドライバーが聞いてくれそうな番組を作れないか?そうしたユーザーを特定した番組づくりが始まります。それまで放送休止などの時間だった深夜の時間帯に長距離トラックドライバー向け、或いは受験勉強中の若者に向けた番組が深夜放送という形でスタートします。
レコード音楽を掛ければ、簡単に時間が埋められますが、その選曲をリスナー自身に委ねてしまう、リクエストハガキを募るというやり方を始めたのもラジオでした。葉書にはユニークな文面や思わず人に伝えたくなるような投稿も数多くあり、やがてこれが番組の中核をなすようになります。
番組スポンサーもいすゞ、日野、日産と言った自動車メーカーから、広く家電や出版業界にまで広がりを見せます。セグメンテーションに依って顧客を絞り込めるのはスポンサーにとっても好都合なケースが多くなります。

こうして産まれた深夜放送は70年代に入って全盛期を迎え,文化の発信源にもヒット曲の発信サイトともなったのです。ビートルズは70年に解散したあとでしたが四人のメンバーが夫々シングル曲をリリースするので,ヒットチャートは大盛況.ジョンレノンのイマジンもこうしたムーブメントから産まれた1曲でした。山本コータロー、南こうせつ、吉田拓郎、あのねのね、かまやつ ひろし / ムッシュといった人気歌手に混じって放送作家の永六輔に愛川欽也、野沢那智、白石冬美といった声優や小島一慶、林美雄、土居まさる、落合恵子、斉藤 安弘(アンコウ)ら局アナをスターダムの座に押し上げ、あまたのヒット曲を世におくりだしたものでした。

| 22:16 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月20日

confidencemanjp 英雄編

毎回この作品の脚本の巧みさには圧倒されずにいられません。
ゴージャスなロケーションも魅力の一つ、今回は大半がマルタ島の設定です。

いつもの3人が各々を敵に回した1週間の腕比べ。マスカレード・ホテルのタイトな制服も魅力だった長澤まさみ演じるダー子の変装は制服フェチのおサカナに合わせてキリッとした外交官風?と言うか愛と青春の日々みたいなイメージ?さらにはナースの衣装も準備するとか...?

頻繁にプレイバックされるシーンの種明かしの連続に、またやられたか?の連続でタイムリミットの1週間を行ったり来たり。自宅でDVD鑑賞ならずとも肝心なところを見直す親切さ。撮影隊も仕事が楽になります。

こんな難しい時期にマルタ島に渡って撮影を続けるのはさぞ苦労が多かったことでしょう。マルタを走る車両は日本のアクア、プリウスにノートにフーガやエルグランド、欧州車はプジョー206とVWバナゴンだけで、一箇所だけ日本の車検証の裏側が映っていたのはご愛嬌。地中海を和歌山の遊覧船が走ることも滅多にないでしょう。いや国内ロケと思わせるフェイクだったのか?

Dscf5006最後の最後でふとダー子の口から本音が漏れた様な気がしたのは、やっぱりカモフラージュだったのか?結局はこのフレーズを引き出す為の長い前置きだったのかもしれません。何て秀逸な脚本なんだ!

お馴染みの広末涼子、江口洋介、石黒修らレギュラーメンバーに加え松重豊、山田孝之も顔を見せる豪華キャスト。
で最後に笑うのは...

...結局観客だと言う事は100も承知で観に行くわけですが!

| 02:23 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月19日

house of Gucci

ミラノで赤のフィアット124スパイダーを駆り颯爽と降り立つレディーガガ、父のトラック会社ではサインが上手に真似できると褒められます。
ドナ・サマーのメドレーが流れるパーティー会場でバーテンダーとうっかり間違えて声を掛けたのはたまたまグッチ家の御曹司、2人は恋に落ち、結婚してイタリア語版アイム ア ビリーバーを聴きながら幸せな家庭を築きましたとさ。

でも一つだけ違ったのはジョージマイケルのfaithを聴いてるうちに、彼女の野心溢れるグッチ愛がムクムクと...
全編ほぼ出ずっぱりのガガ様が体当たりの演技で魅せてくれるのは巨匠リドリー・スコット監督の眼鏡に適ったからなのか、その迫力ある目ヂカラには圧倒されっぱなしでした。BGMのブロンディ;ハートオブグラスがいかにも、な感じ

旧いヴェスパにランブレッタ、フィアット850,600にルノー・クリオ、924にLP500、アルファ75と言った時代に即した人気車も多数登場して実物さながらに再現されたランウェイと共に華を添えています。

グッチ家のお話だからどうせ富裕層のことでしょ?と思ったら、意外にも兄弟親子関係を巡ってのありがちなストーリーに展開していくので、是非史実を調べる前に映画館ではじっくり腰を据えてガガ様の名演に酔いしれましょう!

参考までに映画で描かれたその後のグッチ家に由来する商品がハウス オブ フローレンス(=フィレンツェの旧称)のブランド名で日本にも紹介されています。商標権の関係でGucciの名前こそ使えませんがこちらが由緒ある伝統に近い筋です。ご当主ロベルトさんは親日家でもあって、とても好感の持てる人物だった事を付け加えておきましょう。

| 01:30 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月19日

名画とイタ車

映画ハウスオブグッチに登場するクルマの多くは80年代を中心としたイタ車。
冒頭のフィアット124スパイダーに始まりランブレッタのスクーター、パトカーのアルファ75、金に糸目もつけずグッチ御曹司が手にいれたカウンタックのアニバーサリーモデルに一切を失ったアルドの息子パオロがポルシェ924から乗り換えたフィアット600・・・・・・
他にも占い師のイケナイお友達が乗るルノー・クリオや弁護士が愛用するちょっと旧い911タルガ。サンモリッツ逃亡用のカワサキ?にベントレー・ミュルサンンヌに735iL、ストレッチしたメルセデス230E等々ちょっと個性派のくるまたちがレディガガの熱演に彩りを添えています。

不思議な事に上記のモデルは復縁を迫るカノジョが門前払いを喰らうシーンでテールがチラリと映る735を除いてどれ1つとして我が家のコレクションにはアリマセン。偶然の不一致というか趣味の相違というのか?
理由をあれこれ考えてみるに、70年代半ばから日本は世界に名だたる厳しい排気ガス規制が施行され輸入車障壁となっていたこと。その間に国産車も性能が向上したこと・・・・この時代には逸れこそエルメスやグッチといった製品が日本市場を席巻する様にもなり、それが映画で描かれていた時代にも重なるのでしょうか?うがった見方をすればこの間に輸入車に向けられるべきマネーがブランド品購入に消費されたのかも?


蛇足ながらBGMに流れるジョージマイケルのfaithはその昔、スバルREX(CVT)のCM曲としてもつかわれたことがある名曲です。それは日本が未曾有の円高時代を迎えようとしていたころ、アメリカの物件を日本マネーが買い漁った頃とも重なるのです・・・・

| 00:26 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月18日

毎月がフェラーリ

今月のカレンダーは、というより毎月フェラーリ
年末に駆け込みで見つけたのがこの毎月フェラーリもので、もちろん我が家で初

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で、今月のフェラーリは赤いフェラーリ
ということまではわかるものの最近のフェラーリはどれがなんだかさっぱり・・・・
早速名前で検索してみると見かけに似合わず4人乗り、しかもフロントに積んだエンジンは12気筒ではなく8気筒のV型8気筒。

4人乗りといえばフェラーリでは異端の存在。でも古くは308GTSディーノやモンディアル8という12気筒じゃない4人乗りも存在しました。
こうした異端者は決して美しいとは言えないプロポーションの持ち主でしたが、このFerrari Portofino M という聞きなれない名前のフェラーリは今までの4人乗りで最高の美しさを備えておる、と断言してもよいでしょう。
おまけにリトラクタブルのハードトップを備える二刀流。オープンでもクーペでも文句なしに美しい・・・・・・高いんだろうな・・・・・
(新車価格: 2631~)このカレンダー一万冊分以上!

| 13:57 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月17日

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もし今の様なデバイスがそろったじだいに阪神淡路大震災がおきていたらなにがかわったでしょう?
倒壊した家屋や助けを求める人の情報は瞬時にSNSで共有され,もっと被害の状況を正確に,迅速に知らせる事が出来たのかもしれません。

でも1995年当時の日本では,まだまだ携帯電話の普及は広がりを見せ始めたばかり。携帯が繋がり易かったという証言は使う人が少なくて輻輳を起こすまでに至らなかった事の現れでもありました.勿論iモードも発明されるはるか前。
webを使ったインターネット網だって,ようやくその存在が知られ始めたばかりで、ごく限られたユーザーも電気の通じる安全な場所でPCを開ける人ばかりでした。

デジタル写真も市販化されるのは翌年以降の事、動画の記録だって磁気テープに収めるのが普通で,再生や上書きにはいちいち巻き戻しの作業を要したものでした。こう考えるとあの頃の情報化はまだまだ、今に比べて未発達。とりわけ一般市民が発信ツール持たなかったに等しい事にあらためて驚かされます。

電話を掛けようにも回戦はパンク、他の通信手段はと言えば、限られた数の携帯電話が存在するのみでした。

ニュースの映像や取材記事も基本的にはカメラを持った記者の現場到着を侍たねばなりません.電話取材が困難となれば、隣接した大阪の放送局ですらヘリ中継の画像を見るまでは正確な状況が掴めなかった!というのですから・・・・・今なら投稿写真でメディアよりも早く情報入手が可能でしょう。

・・・・あれから27年の時を経て、私たちは様々な情報ツールを獲得しました。それらはあるいはあの時失なわれた命を救えたかも知れません。では全て正しく使いこなせているか?というと,これは大いに疑問です。時として情報が広まる事で誰かを死に追いやる事すらあるのですから・・・・・

| 19:30 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月16日

LILY'S TONE -Ⅲ

LILY'S TONE がレギュラー化!?
美魔女、石田ゆり子ファンの皆さま、お待たせしました。年末に続き彼女が戻ってきます。
日曜日深夜にふらっと訪れる不思議な空間、

LILY'S TONE

先月のゲストに続いて今回も今回は、中井貴一さんと段田安則さんという強力な布陣が真夜中の時間を盛り上げてくれそうです。

前回にも増してベテラン俳優おふたりのゲスト・トークが炸裂!おふたりに共通する京都とのご縁、俳優が定年を迎える時は?石田ゆり子デビュー秘話などなど,聞き逃せないトピックが満載
更に今回からは番組に寄せられたお葉書の紹介コーナーもスタート

放 送 日 時 は 16日(日) 25:00~27:00
タイムフリーでは 23日(日) ~29:00まで

番組では今後もお葉書でご意見やご希望を募っていきます。

是非貴方も直筆のお手紙を・・〒 106-6188 J-WAVE 『LILY'S TONE』まで!

| 12:52 | コメント(2) | カテゴリー:番組のお知らせ

2022年01月15日

mediaの歴史⑴

日本には遥か昔から光通信が発達していました。
と聞くと意外な気もしますが事実です。

煙の立ち上る様子を見て先物相場の参考資料にしていたので、いわば今日のネット株情報とやっていることは同じです。

さて話はルターの時代に遡ります。聖書を翻訳したルターの宗教改革と呼ばれる一大事業は活版印刷というメディアが生まれてこそのものでした。
古代からの日本人のようにお気に入りの文書を手書きで一つ一つコピペするのではなく、一度に何百、何万という書物が印刷できるアレです。今なお世界のベストセラーと言われる聖書もこうして世界に広まる訳ですが、普及にはひとつ、言葉の問題がありました。
当時ルターの暮らすドイツでも地方によってさまざまな方言が存在し、これをそのまま文字に直したのでは広範囲な普及は望めません。そこで、ルターはドイツに広く浸透するようにと、翻訳に際しては平易な標準的ドイツ語を心掛けたのでした。これは放送の世界にも言えることで,NHKのように全国ネットワークの放送を限られた地方の方言出放送することは出来ません。出来ないというよりも適切ではない、の方が適切でしょうか?このことは方言の衰退という別の形となって顕在化することにもなるのですが・・・・

日本にも宣教師がもたらした印刷機が上陸します。ここで広く普及したのは聖書ではなく木版画をベースとした瓦版が姿を変えた新聞紙でした。というのも宗教弾圧によって聖書も異教徒も日本から排除されてしまうからです。その頃の日本では版画の技術がとても高いレベルに到達しており数々の浮世絵の名作を残しています。それも大量に。世界に聖書が流布していた頃日本では色彩豊かな版画が隆盛を極めた‥‥画像文化が広く浸透していた日本人がインスタやTiktokを好きなのも、実は江戸文化の延長だったりするのかもしれません。
全国規模で新聞紙を各家庭に配る宅配制度もスタートしたのはこの日本からでした。新聞は毎朝家庭で読むもの、として定着します。こうした中から新聞連載小説という人気ジャンルが現れ、夏目漱石をはじめとする文壇の人気スターたちが数多く生まれます。
新聞には地域の情報に根ざした地方紙と全国に同時に同じ情報を伝える大規模な全国紙とがあります。隣近所の情報に詳しい地方紙に比べ全国の様々な情報、中央の政局について伝えてくれる全国紙がとりわけ日本では大きく部数を伸ばすことになります。識字率が元々高かったことも新聞の普及にはプラスでした。

さて、毎日大量のニュースを自宅に届けてくれる日刊新聞、ですがお盆休みの夏休みにはどうしても政局を始めニュースの数自体が減ってしまいます。でもページ数は減らしたくない。
そこで大阪に本社を置く朝日新聞は考えました。全国の中学生(現在の高校生)を一堂に集めて中学野球の全国大会を開き、それを紙面に掲載しよう!こうして1915年に1回目の全国大会が開催されます。これが大人気、キラー・コンテンツとなってその人気ぶりを見た毎日新聞も春休みを使って選抜大会を主催します。実は中学野球には伏線があって、前年の1914年、野球部を創設したばかりの明治大学が東京で大学生によるリーグ戦のシリーズを始め、これが6大学野球のルーツとなっていたのです。
やがて日本にもアメリカ大リーグのようなプロ球団が誕生し、年間を通じて長いリーグ戦を組むようになります。東京ジャイアンツを所有したのは読売新聞。ジャイアンツ戦と言えば全国規模の人気と実力を誇るのもメディアを武器にしたことが大きな要素かもしれません。

そんな新聞ですが今から100年前、強力なライバルが出現することになります・・・・・

| 10:34 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月14日

オート3輪の時代には

昭和37年、当時の日本車はといえばまだまだ高根の花
マイカーがフツーに持てるようになるまでは、まだしばらくかかります。でも、個人所有で車を買える人は確実にいました。それは個人商店主たちです。
配達や小口の運送にトラックやライトバンを個人(商店)で購入し、休日ともなれば家族を載せてドライブ、そんな貨客両用の使い道すらマイカーへの第1歩でした。

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そんな時代に毎月何千台も売れ続けていたのがダイハツのミゼットを筆頭とするオート3輪と呼ばれるトラック群でした。 映画稲村ジェーンに登場する、あのロケットみたいな鼻先を持つ軽商用車です。昭和30年代はまだ軽には車検も車庫証明も存在せず、軒下に両手を広げるくらいのスペースと30万円前後のキャッシュがあれば・・・・・ 当時の初任給から比べたら年収にも匹敵しそうな金額ですが・・・・

昭和30年代の町並みには何処でも容易にスーパーカブやミゼットなどの3輪トラックを見つけることができました.引っ越しトラックだってちょっと大きめのダイハツかマツダの3輪トラック。ミゼットは東南アジアでもタクシー代わりのとゥクとゥクを始めとして広く普及し、今でもその活躍を目にすることが出来ます。

日本も経済成長と共に,もっと「裕福」な4輪トラックが,より購入し易くなったことから,次第に3輪トラックを駆逐する結果となり、ミゼットの生産もオイルショックの前に終了しています.あとを継いだのが今も続くハイゼットなどの軽トラの一群で,フレーム構造やたて置きエンジンを今に継承する古典的なレイアウトはマニュアルのミッションと共に貴重な存在です.

父親のミゼットを休日に駆り出して、彼女をデート・ドライブに誘おうと考えた若者が何人いたかは分かりませんが、スカイライン・スポーツやダットサン・フェアレディといった当時の日本製スポーツカーの何パーセントかで手に入ったモータリングの世界は、きっと楽しいものであったことは想像に難くありません。

| 07:43 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月13日

新しいNOAHは元・ボンドカー?

結構久しぶりに登場したライトエース・ノア/BOXYの新型
注目を集めそうな新装備はスマートフォンで操縦できる車庫入れ機能。画面を指先でクルクルすると自分で車が動き出し・・・・

あれ?このシーン、見覚えがある!!
まだジェームスボンドをピアース・ブロスナンが演じていたころ、ボンドカーは4ドアセダンの750iLでした。健在だったころのQがニンテンドーDsみたいな液晶画面をクルクルすると,BMWが動き出し・・・・・・
まるであのシーンをそのまま再現した感じ!きっとTOMORROW NEVER DIESの動画がトレンド入りしてくることでしょう。
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(写真は旧型、こっちが、より上品です)
そんなトヨタの2021年世界販売がVWを抜いて世界一になるんだとか.VWグループといえばポルシェもアウディも、シュコダもセアトも含めた一大グループ。トヨタはダイハツを傘下に収めているとはいえ5ナンバー以上はほぼ自前の構成なので、いかに生産量が多いかを物語る数字です。
半導体不足に泣きながらも1000万台以上生産出来るのですから、危機管理能力もさすがというほかありません。

国内市場ではヤリスが1位に返り咲き、ホンダのN-BOXを抜いて堂々のナンバー1ですが、同3位につけているのが意外やミニワゴンのトール/ルーミーの双子車。これだけでもラクに毎月1万台以上売り上げているのですからアルトもカローラも真っ青です。
そもそも、このワゴンの基本は軽ワゴンのダイハツ・タント。幅が広いことを除けばホイールベースは同一。基本設計も多くを共有できる強みがあります。つまり、メーカー側は軽と変わらぬ製造コストで売れセンをモノにしてるということ。しかもこれをトヨタ販売網に乗せて全国展開するのですかライバルメーカーはたまりません。そう、直接のライバルはスズキのソリオ以外にないのです。(スバルのジャスティはOEM供給)
圧倒的な室内行の高さはタント譲り、メーター回りも乗用車には望めない広々館があり、これだけ見ても買って良かった感で満たされそうです。残念ながら立体駐車場ユーザーには無縁な車種ですが、これ一台あればキャンプも車中泊も楽しいこと請け合い!

望むらくは、こちらにもクルクルしただけで車庫入れしてくれる機能が欲しいところですが・・・・
さてヤリスもNーBOXもルーミーも不思議な事にクルマの基本骨格を決めるホイールベースの寸法はほぼ2500ミリと同一。この辺りが日本国民に一番受け入れられているクルマのサイズ、という事になるでしょうか?

| 07:54 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月12日

撮影秘話二題

11日のグルーブ・ラインのゲストはホイチョイ・プロダクション(現・プロダクションズ)の馬場康夫さん
ご存じ「私をスキーに連れてって」の監督さんです。というよりホイチョイ・プロの代表として業界では30年以上前から注目の人。

私にとってホイチョイとの出会いはスキーのバイブル「見栄講座」でした。いかにスキー場でモテる男に見せるかのノウハウを事細かに列挙した、まさに私の教科書でした。
そんなノウハウが随所に生かされていうのが映画私を・・・・だったのです。ビンディングのカッコいい外し方やストックを組み合わせてチェア代わりに立てかける技など、バイブル由来のシーンも出てくるので興味ある方は是非チャックを!

番組では撮影にまつわる様々な苦労話や昔懐かしい昭和ネタも満載。聞き逃した人は是非タイムフリーで今のうちに

さらに13日のゲストはあのカメラを止めるなで一躍脚光を浴びた上田慎一郎監督。最新作ポプランを引っ提げての登場です。
男の子にしかわからない、あの部分を主題に扱う異色の作品。監督が昔から温めていたこの企画がなぜ今なのか?いや、今だからこそ陽の目を見たこの作品は観客をどんな方向に導こうとしているのか?あらかじめ試写を鑑賞済みのピストンさんの評価も交え、楽しい話が炸裂します。こちらも勿論タイムフリーで!

| 22:14 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月11日

本陣殺人事件

犬神家の一族、女王蜂、獄門島、首括りの病院坂、悪魔が来りて笛を吹く・・・・

映画にもなった横溝正史の推理ドラマの数々。そんな中で本陣殺人事件は最初に金田一耕助が登場する作品です。

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舞台は岡山のとある山間にある旧家、婚礼を控えたカップルに何が起こったのか?密室殺人のトリックをもじゃもじゃ頭の探偵業、金田一耕助がスラスラと解いていきます。

時代背景は戦争を挟んだ旧いしきたりが色濃く残る時代。映画では若き日の石坂浩二が金田一耕助を演じていましたね

70年代はホントに横溝正史作品が世にあふれていました.映画になった作品も数多、学校でプールに入ると誰もが真似をしたあのポーズ

出どころは横溝作品だったんですね・・・・・

| 22:35 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月10日

そうだ!京都聴こう

今日は一日京都とartのホリデイスペシャル
jーwaveと大阪のFM 802で同時に放送される9時間のプログラムです。

あ!京都慕情が流れてきました。渚ゆうこが歌って70年代初頭にヒットしたものですが、何と作曲者はあのベンチャーズ!日本の歌謡曲マーケット向けに作られたジャパン限定とも言える秀作です。今から半世紀も前のヒット曲ですが
実はこの曲の前に京都の恋と言うアップテンポのヒット曲があって一躍渚ゆうこの名前を有名にしたのもベンチャーズの功績でした。スピーディーな京都の恋のリズムに比べて第2弾の京都慕情は落ち着いたスローテンポの、ちょっとチャイニーズ・メロディも感じられるオリエンタルなムードが独特のものでした。

当時の日本経済は高度成長期の真っ只中。イケイケどんどんなモーレツ時代でした。それまでの無骨な4ドアのみだった箱スカことC10系スカイラインにハードトップが登場するのもそんな時分、まるでベンチャーズ・サウンドが日本語に載って全国に浸透する様に人気をさらったものでした。最強版のGTーRがハードトップにスゥイッチしたのも当然。短くなったホイールベースと低い車高は運動性能を上げ、空気抵抗を減らす効果的なチューンupでした。

今日のホリデイ・スペシャルは懐かしい京都の話題も満載。
是非地図を片手に散歩気分でお付き合い頂きたい内容です。
京都出身のアーティストも盛りだくさん。お気に入りのボニーピンクに竹内アンナetcもきっと!

そういえばカラオケで○BSのn峰アナウンサーの十八番が京都慕情でした。埼玉出身の彼女も大学生時代を京都で過ごしています。

| 10:32 | コメント(0) | カテゴリー:番組のお知らせ

2022年01月09日

2022年の色は蛍光色のコーラルオレンジ 日本流行色協会が発表

実は半世紀も前日本車でもオレンジが大流行りした時代がありました
P1200125顕著な例としてベレットGTの最強版として追加されたGT -R然り、同じ年のホンダZ然り。ギャランGTOも、27系レビントレノにも純正色として用意されたのは勿論、パブリカSRにも採用されています。
ではもっと早くオレンジを採用したのはブルーバードクーペのサファリブラウンが比較的早かった様に思います。

当時の日産は東アフリカを舞台に戦われるサファリラリーに参戦を続けておりブルーバードは日本車で初めてこのラリーを制したクルマとなります。
Imgp9944サファリを走ったブルーバードは赤でしたが、そのサハラ砂漠をイメージした淡いオレンジがサファリブラウンと名付けて純正色に選ばれたのでした。それまでの乗用車でブラウン系を纏って広告を打ったメーカーは無かっただけに新鮮さはダントツ

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トヨタやホンダにも飛び火し、カペラもギャランも各メーカーともに純正色としています。

| 20:18 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月08日

thunderbirds are go

1966年の日曜日。夕方だけはどこにも出かけたくありませんでした。
毎週日曜日の夕方6時に始まるサンダーバード。1週たりとも見逃すわけにはいきません!

1965年のイギリス作品サンダーバードは翌年日本でも放送されて大人気
何度も再放送されたほかリメイク作品も相次ぎました。
が、今度はオリジナル作品を忠実に再現した新作の公開です。
これはファンとしてもう見逃す訳にはいきません!

今回は1965年当時に映像化されなかった3篇のラジオ・ドラマ版(epレコード)に映像を加えたモノ、と説明されています。
登場人物の忠実な再現は勿論、各シーンで使われるセット類も当時の映像から3Dスキャンデータで採寸し、色・質感共にリアルに再現。ミュージアムにしまってあった、とも当時撮りダメてあったともウソぶけるほど見事な出来栄えです。

短い3本のエピソードは3人の監督によって製作されたもので、エピソードワンとも呼ぶべき、国際救助隊誕生前夜を描いたものでスタートします。

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二十代にして英国の大富豪、ペネロープ・クレイトンワードが元宇宙飛行士ジェフ・トレーシー所有のリゾートアイランドを訪れるところから物語が始まります。

旧作のサンダーバードを知らない人でも、その成り立ち、人物関係がわかりやすく描かれたもので,DVDで一気に鑑賞する前にぜひ観ておきたい作品です。
2,3本目もペネロープが大活躍。新たに作り直されえたサンダーバード1号のランディング・ギアの前に格納扉が追加されるなど、ほんのちょっぴり小細工も。

そして何よりも素晴らしいのはバリーグレイの劇中曲の数々をたっぷりと聞かせてくれるところ。お馴染みのテーマ曲にファイアーフラッシュのテーマ、ぺネロープのテーマ、危機一髪のテーマetc。おそらくは当時の音源をきれいに再生したもののようで、モノラルサウンドなのが泣かせます。
さらに、日本で付け加えられたエピソード2のオープニングは謎の円盤UFOへのオマージュ、ナレーションも懐かしい矢島正明さんの声が登場します。
吹き替え版の満島ひかりは、オリジナルの黒柳徹子の雰囲気をとってもよく理解しており、雰囲気をいささかもスポイルしていないところが素晴らしいので、ぜひこちらも!

55年も前に完成していた名作。結局のところこれに勝る子供向け作品はいまだに登場していない。という結論は今も変わっていません。たぶんこれからも

| 06:30 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月07日

ラジオメディアという武器を考える?

香港の民主派メディアとして知られたネット・サイト、衆新聞が4日をもってその歴史に自らピリオドを打ちました。
これ以上は記者の安全を保てないから、というのがその理由。やはり民主派メディアとして知られた「立場新聞」も年末に関係者が摘発され活動を停止せざるを得ない状況に追い込まれています。
これで香港の民主派メディアは軒並み姿を消すことになってしまい、中央政権の息のかかった情報のみがもたらされる事態となってしまいます。

政権が自分たちの都合の良い様にメディアを操作していたのは、 旧くは旧日本帝国陸・海軍のお家芸でした。戦況を最大限日本に有利なように改ざんして発表し報道の自由などという文言が出ようはずもありませんでした。
同様に南北軍事境界線のむこう側の国でも自分たちの首領様のことは決して悪く言ったりしません。

太平洋戦争中、アメリカ側はまず短波放送VOA=ヴォイス_オブ_アメリカで日本向けに放送を開始しました。海外からも届く短波放送は当時日本では聴取が禁じられていました。
そこで、サイパンを手中に収めたアメリカは日本に電波が届くサイパン内に放送塔を設け、日本向けに中波(AM)ラジオの放送を始めます。スタッフにはアメリカ側で捕虜になったり収容所に置かR多日本人も加わり、日本で禁止されていた流行歌なども織り交ぜた内容だったと言います。
そして、放送には直近の爆撃予定などの軍事機密さえ放送されたという言います。勿論その放送を聞くのはご法度、でも命に係わる情報なのでこっそり聞いて役立てた日本人がいたことも否めません。大本営の発表するオフィシャルな情報が事実を歪曲したフェイクなニュースであるのに対し、ホワイトラジオと称される、敵側の事実に基づく放送はある意味真実を伝えるメディアでした。


これを不都合と考えた日本はどうしたか?おなじ周波数の電波を流して混信を起こさせ、相手の放送を聞けなくするジャミングという手法を使います。夜になると海外の電波で文化放送が聞こえづらくなるアレと同じ現象です。
また、アメリカ側に向けてプロパガンダ的な放送のレィディオ・トーキョーを送出する軍属ラジオを放送することも。東京ローズと呼ばれた人気DJが後年話題となったことで有名です。


さて、現代に戻ってみると世界最大の人口を抱える政権が最も恐れているのは民主化の火が燃え広がる事態です。今ではSNSという強敵がありますが、そもそもプロバイダーが政権そのものなので、不都合なワードは片っ端から削除されます。
では、政権の手の及ばない地区ではどうするか?ネットの遮断ではなく人を遮断すればいいのです・・・・香港に残っていたメディアから自由な物言いを奪うにはどうしたらよいか?・・・・・・その答えが冒頭に記し多様な結果でした。

民放連の2021年度ラジオ・グランプリ賞受賞作品、文化放送制作の「軍属ラジオ」では、ラジオが戦争中に果たした武器としての側面とプロパガンダについて掘り下げられています。
radikoで1月8日までラジオたんぱのタイムフリー機能で聴取できます。あなたも是非一度!

| 18:37 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月06日

家電・走り出す?

今年の家電の世界的規模の見本市,CES2022が開幕しています。
注目の的はSONYがEV事業に参入を発表したこと。既に試作車の一合を以前のCESに出品済だったので、やっぱりね!の感もありますがソニーのみならず,EV事業に新規参入を図る企業はこれからも続出しそうです。
CESにはほかにもGMやBMWなど既存の自動車メーカーも出品し、モーターショーとの境がだんだんあやふやになっていきそうな気も。

自動車用エンジンの開発や生産には複雑な技術や工場設備が必要なため自動車事業を新規に立ち上げるのは至難の業。最近では既存のメーカーから車体の供給を受け、チューニング専門に特化した工房やボディだけを開発するスポーツカーメーカーなどもありますが多くの大メーカーは古参の名門ばかりです。
それがEVとなると電池やモーターの多くに既製品が使えることから中国をはじめとして雨後の筍のごとく新参メーカーが蠢いています。
欧米も黙ってみているわけではありません。グーグルやアップルといった異業種でも、この新規事業に目を向け始めているのは既報の通り


去年、自動車界を取り巻くニュースは1にも2にもゼロカーボンを巡るネタで終始した感があります。
トヨタも日産も10年単位で電気自動車に大きく舵をとる積極姿勢を見せました。
欧州に続いて相次ぎフル電動化を目指す指針が示され、日本もこれに倣う方向です。
一方、自工会の会長でもある豊田トヨタ社長は元日の新聞広告でもアピールした通り、既存の技術や労働環境の維持も強く訴えています。
そんなモリゾー社長自らがステアリングを握り、水素燃料で果敢にも耐久レースを完走
しかし、そのトヨタでさえ、ガソリン車は66%まで絞り込まれるというのが先日の発表でした。

いっぽう年頭のテスラの発表では2021年度第4四半期の生産台数と納車台数の速報値でいずれも過去最高を記録、年間の納車台数は93万6000台と中規模の老舗メーカーを抜く勢い。
自動車産業はこれから大きな変革期を迎え・・・いやもうとっくに迎えているようです。
ソニーのEVだと、当然オーディオにも力が注がれることでしょうし・・・・MDもカセットも,CDだって再生可能!みたいなオーディオ付きの車が出たら本気で検討するかもしれません。


F1グランプリにソニーやパナソニックが参戦・・・・なんてフジテレビの古い深夜番組みたいなネタが現実になる日もまんざら遠くはないかもしれません・・・・・

| 15:38 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月05日

toyota as No1

2021年暦年の全米自動車販売台数でトヨタがGMを逆転、全米1の自動車メーカーに(今朝のニュースから)
とはいうものの、半導体不足で各社減産を余儀なくされた中でトヨタの方がGMより痛手が少なかった、という結果。
北米のトヨタと言えば各地に現地工場を持ち、部品も米国内で大半を調達。日本ではお目にかかれないタコマやツンドラと言った小型(米国では)ピックアップからカムリTRDといった人気車種まで、そのすべてが日本から海を渡って行くわけではありません。

GMの落ち込みがトヨタよりも大きかった理由は、半導体の調達やハイブリッドモデルを持たない不利も挙げられますが、テスラ人気を見ても解る通り半導体供給が元に戻った後、巻き返すことができるかが見ものです。

さて、そんなトヨタの舵取りをする豊田章男社長のロングインタビューが文芸春秋(月刊の)に掲載されています。
大学卒業当時はとてもトヨタ入社どころじゃなかった70年代末、金融関係の企業を経てトヨタに入社後は自ら望んで生産部門に配属。そこで工場内を駆け回る姿を目にした工員たちから贈られた自転車は廃棄されていた部品を寄せ集めたリユース作品だったことが思い出に残っていると・・・・
社長就任当時は自分は捨て駒だと覚悟していたこと。勿論、リーマンショックや高級車の暴走事故疑惑でアメリカの公聴会に呼び出されたり、とアンラッキーも重なったものの、それをのり越えた豊田社長の支えたものは・・・・・

自らもレーシングドライバーとしてプロが競い合うモーターレーシングの過酷な環境に身を委ねるのは、ただクルマが好きだからだけではなく、日本の自動車産業とそれに携わる人材を路頭に迷わせない、という強い願いも秘めています。
トヨタヤリスのWRC参戦再開、ルマンでの連勝、そして水素燃焼エンジンに依る耐久レースへの挑戦。どれも勝利を手にするまでは徹底的に力を注ぐ豊田社長らしい一面が窺えます。おりしもスタートしたばかりのダカールラリーではトヨタハイラックスがトップを快走中。

そんなトヨタの新たな試みが東富士の工場跡地に建設中のwovenシティ。ただのテストコースとは違い、そこには人が実際に暮らし、人も歩けばクルマも走る、実験都市なのです。自動運転を巡る様々なトライ&エラーに自ら用意した街でテストを重ねる・・・・・トヨタが先鞭をつけたこの実験が遠くない将来にどのように成果となって現出するのか?

株価でこそテスラの時価総額には及びませんが、社長として魅力のある人材は?と問われたならモリゾー社長の名前を上げる人が多数を占めるのではないでしょうか?
まだ元気だったころのラリーキング氏がCNNの生番組で最後に投げかけた質問は「一番好きな車は?」だったそうです。豊田社長が挙げた名前のクルマはこの世にたった200代しか存在しないクルマでした・・・・・

| 16:58 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月04日

60年ぶりの帰り道

世界で初めて小型ヨットでの単独無寄港太平洋横断を成し遂げた海洋冒険家の堀江謙一さん。
航海の苦難を綴ったベストセラー作品「太平洋独りぼっち」を読むと、まだ出国のための手続きも前例がないからと断られ、ビニール袋に詰めた飲料水が太平洋上で役に立たなくなり、併せて持って行ったビールで飯を炊くなど、その破天荒な冒険には今更ながら、驚かされるものがあります。

その時の愛艇マーメード号とほぼ同じ大きさのヨットで今回挑むのが今年3月出航予定の何度目かの単独太平洋無寄港横断。成功すれば最高齢でのと言うタイトルが付加されます。が、もはや冒険ではなくGPS電波による航跡確認や衛星携帯電話の携行も義務付けられた航海だけに、冒険色は些か色褪せます。が、それでも大冒険には違いありません。

安定した西向きの貿易風に乗れる西行きなので、尚更。大阪から春先の暴れん坊低気圧に何度も苦杯を舐めた元読売テレビアナウンサー、辛坊治郎さんのワイルドな航海の様子を思えば、平穏そのもののようにも感じられます。
堀江さんは83歳での挑戦について、「年齢は経験でカバーできる」と余裕しゃくしゃく。今では卓上でも手のひらでも簡単に堀江さんの現在位置を確認できるHPもあるので、しばし船旅気分の一端を味わってみたいものです。

Von voyage!

| 00:55 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月03日

しぶんぎ座流星群

今夜はしぶんぎ座流星群が見頃
月も新月でさっさと沈むので観測には好都合
流星の数が多いことが特徴ですが、観測時間帯が短いのが玉にキズ
というのも明日の日の出前の寒い時間帯が見ごろと言われているので夜更かしするのもどうかと...

綺麗な星空と言うことは放射冷却現象を伴って気温も急降下するので、屋外の観測は辛いものがあります。おまけに出現のピークは夜明け前の最も冷え込む時間帯
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外気を避けてガラス越しでも夜空を見渡せる場所で暖かくして観測できる環境を整えたいものです。
で、肝心なしぶんぎ座の位置ですが北斗七星に下のあたり、牛飼い座やりゅう座、かんむり座に囲まれた辺りにあります。でもここが放射点と言うだけで流星はあちこちに向かって飛び交います。北向きの開けた視界が得られる場所で明け方私待って見ましょう。
雲がかかっていないことを祈りつつ

| 23:07 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月02日

dakar2022

正月2日に大手町をスタートする箱根駅伝
1区をぶっちぎった中央、2区で逆転した駒沢も凄く早かったものの、藤沢で国道1号を離れたあとの急な下り私含む3区で青学がトップに!そのままトップを譲らず芦ノ湖畔にゴール。稀に見る区間記録のラッシュでした。

さて日本時間のきょう、44回目のダカールラリーがスタートを切ります。
ダカールと言っても今回の舞台は中東のサウジアラビア。ダカールの名前は初回からのパリ・ダカール間を引き継いだもので、アフリカ大陸を縦断する長距離ラリーレイドとして日本車も数多く覇を競いました。
中でも三菱パジェロの活躍は有名で、日本人ドライバーを何度も表彰台の頂点に立たせたものでした。
あのポルシェもプジョーも市販車の形をした改造車で砂漠を走ったほか、日野のトラックも多数参加してきました。

こうした超長距離のラリーレイドは携行できるガソリンがあってこその競技で、充電設備を数百kmごとに用意しなければならない電気自動車には無縁の世界と考えられてきました。
ここに果敢に挑戦場を突き付けたのが今年のAudiです。とはいえ、二基のモーターで前後輪を駆動し、2リッター4気筒ターボのTFSIエンジンが発電を担うというハイブリッド。砂漠の充電スタンドで一休みの光景はまだ見られないようです。
ハンドルを握る一人にはあのラリー会のレジェンド=カルロスサインツ父も加わっており、そのベテランの円熟の走りも楽しみの一つです。

| 22:10 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

2022年01月01日

メディアの伝えない勇気を考える①

この時期になると増える名画の再放送...ローマの休日の結末を知っていますか?(ネタバレです。ご注意を)

とある国の王女の内緒のオフ•ショット。特ダネ間違いなし、のトピックを手にしているのにそれを公開することがたった一人の女性の命運を変えてしまうかもしれないとしたら・・・・

グレゴリー・ペック演じるアメリカ通信・記者は結局、大スキャンダルともなりかねない王女の秘密の休日=スクープ・ネタをボツにしてしまいます。

もしも彼が週○文春に記事を売り渡すとしたらどうでしょう?文○は部数を伸ばして彼の手元に高額のギャラが...

今のようにSNS全盛の時代だったら、あっという間に世間に広まって王女の秘密は暴かれてしまい・・・・・・

結局王女のプライバシーは、ひとりの記者の決断によって守られたのです。メディアには伝えることの権利と、それを避けることの決断をも迫られる、責任と言うべきものがあります。よく勘違いされる報道の自由と言う文句は政権や圧政者の意思によって判断を誤る事のないよう、表現者の権利を守るために使われるフレーズであって、何でもかんでも白日のもとに晒して良いと言う勝手な理屈とは違います。

今から60年以上も前にメディアの本質を問うようなストーリーが世界に公開されて大きな共感を呼んだのは言うまでもありません。
と、同時に放送や新聞などマス・メディアと現代のネットワーク通信の大きな違いがここにありました。

新聞事業は大きな印刷所に広く張り巡らせた配達網といった巨額投資を伴って初めて可能になるものですし、放送というメディアはキャリア(放送電波)の帯域に限りがあるため、限られた数の事業者にのみ免許が与えられる許認可事業です。
その影響力は時として政権をも動かしかねず、選挙の結果や世論の形成にも大きな影響力を持っています。
そのメディアの使い方をもし、間違えていたら・・・・・

これから何回かに分けてメディアについて少し掘り下げて考えてみようかと思います。

| 19:35 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦


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