2016年01月15日

何故碓氷バイパスへ

 きょう未明に起きたスキーバスの大惨事はいつも軽井沢までのお気に入りルートにしている碓氷バイパスで起きました。 場所は群馬県側からの長い上り坂が終わって少しだけ軽井沢駅の方向に下る最後の坂の途中でした。あと数十秒走れば昔、料金所のあった場所。右手にはチェーン装着のための駐車スペースもある平らな場所に到達していた筈でした。路上に残されたタイヤ跡を見る限り、ハンドルは僅かに切られていた様子で、手前に九十九折のカーブが連続していたことからも居眠りなどに起因する事故とは考えにくいようです。
 現場のカーブはタイトなヘアピンカーブというわけでもなく、比較的スピードの出やすい下り坂。50kmを超える速度も、下り坂の大型バスなら無理なく出せるはずです。そこに満員近い40人の乗客の重い車重、慣れない夜道のカーブはこのコースを熟知していないと、とても高い速度で進入出来たものじゃありません。いったい何故困難なコースを選んだのでしょうか?

 運転を担当していたドライバーはベテランだったとは言え、現地のコースは熟知していなかった可能性があります。当初予定されていたのは碓氷バイパスに入らず、手前の松井田妙義インターから高速道路に乗り入れるルートでした。何故、上信越道に入らなかったのか?


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2016年01月14日

故国を追われて

 住み慣れたシリアを離れて見ず知らずの外国に逃避せざるを得なくなった難民たち、去年だけでも、欧州に逃れたシリア難民の数は百万人に達するというではありませんか・・・・・・遠く離れた大陸の反対側のできごと、でしょうか?
 遠い昔、1930年代・・・ナチス政権から逃れ、安住の地を目指そうと、西欧を離れロシア通過を目論んだのはユダヤ難民たちでした。同胞の多くはナチスの手により非業の死を遂げています。
 そんな折、ロシアの前庭、リトアニアの日本領事館に赴任したのが杉原千畝(ちうね)でした。

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2016年01月13日

東京モーターショー⑫

 こちらの125ccスクーター ヤマハNMAX
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東京モーターショーにも展示されていましたが、今月市場デビューしました。BLUE COREエンジンを国内初投入、吸気バルブの作動を、低中速側と高速側で切り替えるトヨタで言うところのVVTです。生産と企画はインドネシア、現地でも今売れ筋の快速スクーターです。エッジの効いたシャープなスタイリングは欧州で人気の兄貴分に当たるT-MAXのイメージを上手く小型化したもの。原付2種なのに、隣に軽二輪【250cc】スクーターが並んでも引けをとらない存在感です。これで俊足だったら何だかバカ売れしそうな予感も。ライバル=PCXとの販売合戦が見ものです

125ccの参考出品にはこんなのもありました
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2016年01月09日

九品仏さんぽ

 東急線の駅名にもなっている「九品仏」は、世田谷区にある正式名称=九品山唯山念仏院浄真寺のことで、まつられている9体の阿弥陀如来像に由来します。このお正月、はじめて境内に足を踏み入れてみました。

 想像以上に広い境内には本堂の手前に、黒松の並木と鐘楼に大きな仁王門が。これらは駅前から続く桜や紅葉ほかの樹木に囲まれた参道の突き当たり、総門のさらに奥に位置します。自由が丘の駅からも真っ直ぐな道を進むと東門に到達し,その先が総門です。Cimg9429

 この広大な敷地はそもそも奥沢城址ということで、こんなにもご近所に城があったんですね!※1初めて知りました.そういえば辺り一帯はこの辺までが世田谷区奥沢、駒八通りの向うが等々力です。

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2016年01月08日

東京モーターショー⑪

 今から半年ほど前、TOYOTAとMAZDAが技術提携を発表しました。業界でもサプライズニュースとして伝えられましたが,果たしてこれ=21世紀のトヨタスポーツ800とも目される1500ccの後輪駆動クーペ「TOYOTA S-FR」がその成果なのかどうか???
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マツダは同じ頃,これまでで最小の1500cc新型ロードスターを発売したばかり。
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 ではこの黄色いクーペは協業の賜物なのか否か?

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2016年01月04日

東京モーターショー⑩

 メルセデスが開発した初代スマートはクルマ社会に一石を投じる野心作でした.世代交代のタイミングを迎え、この新種のカテゴリーが生き残ってゆけるかどうか,その動向を占う意味でも重要なモデルチェンジです。
 今年、CMでもよく見かけるようになった新作スマートの第二世代は二人のりと四人乗りの両面作戦。今度はどちらもリアエンジンで、しかも4-doorにはルノー版もある。それが生まれ替わった「新型トゥインゴ」というわけです。
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 二代目となってスマート版は顔つきがとってもクルマらしくなりました。っていうか今までの初代は新感覚を狙いすぎたのが裏目に出たのか、ほかのクルマ並みに見えることで,ルームミラーに映った顔だけで差別を受けることも無くなりそうです。

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2016年01月03日

3人寄ればフェアレディ?

 フェアレディと言う称号はおそらく現在の日産車の中で最も古いもので、そのルーツは211系ダットサンセダンの時代まで遡れます。前回の東京五輪当時に人気だった2代目フェアレディ=311系は当時の310系ブルーバードや320系ダットサントラックとも足回りを共有する、兄弟車として生まれました。エンジンは当初セドリックと同じ1500cc、もともと5人乗れるスペースを短くしたフロアにはかろうじてひとり分の座席を置くスペースが残っていました。ただし、左右幅を生かした横向きです。Dscf2038

 仲良しの二人にとってはお邪魔な3人目、あるいはお目付け役がここに座ったのでしょうか?

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2016年01月01日

初日の出

 今年のご来光、六本木からきれいな初日の出を拝むことができました


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雲の向こうから数分遅れで姿を見せた太陽、こんなにじっくり見たのは久しぶりです


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2015年12月29日

栄光の「R」へ

 映画「栄光への5,000キロ」で石原裕次郎がステアリングを握っていたニッサンR-381は.実際に日本グランプリに優勝したレーシングカーですが、この栄光までの道のりには、やはり長い歴史がありました。

 鈴鹿で開かれた第1回日本グランプリのあまりの広告効果と販売成績へのリンクに発奮した当時のプリンス自動車が起死回生で臨む為生み出したのがスカイライン2000GTでした,優勝という記録こそ残せなかったものの人々の記憶に残る激闘を演じ、今に続くスカイライン伝説を残しました。
 3回目の日本グランプリに臨むにあたり、当時のプリンス自動車はスカイラインの生みの親=桜井眞一郎にレース用スポーツカー開発を命じます。宿敵ポルシェはカレラ6の時代、カットオフした1型のルーフはフェラーリのGTOやカレラ4にも似たスタイル。
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2015年12月28日

東京モーターショー⑨

 今年の東京モーターショー会期中の入場者数は何とか80万i人を上回った程度で、前回の90万人からはほど遠く,その前の84万人をも下回る結果となりました。消費税8%アップで初めて迎えた為に購買欲が失せたのか?魅力的な出品が少なかった為なのか?日曜日1日分の入場者減について、次回の開催の反省材料にしなければなりません。
 そもそも,モーターショーに足を運んでナニを見ようと云うのか?と気として新幹線を利用してでも観に来ようという遠来の顧客を満足させられるだけに展示内容になっているのか?少し頭を冷やしてもう一度考え直す必要があるかも知れません。

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