2007年01月06日

『ローマ人の物語』全28巻読破計画!

ローマは一日にして成らず.jpg

歴史はお好きですか?

いやあ、興味が涌かない。
難しい。かったるい。眠くなる。
はいはいわかります、その気持ち。
ことに世界史ともなれば....。
去年、日本中未履修でしたもんね。

だからこそ、いま----。
へそ曲がりの僕が立てた、この1年の目標は、
作家・塩野七生さんが書き下ろした
『ローマ人の物語』全28巻の読破計画!

| 17:38 | コメント(1) | カテゴリー:高瀬毅

2007年01月06日

ダーウィンの悪夢

1月も、はや6日になりましたが、
遅ればせながら、謹賀新年!

今年のみなさんの初夢はなんだったのでしょうか。
私は、『ダーウィンの悪夢』からスタートしました。
かなり「M」が入った導入ではありますが。

ダーウィンの悪夢.jpg

映画評論家でタレントでもあるおすぎさんが、
昨年末、フジテレビの『とくダネ!』で、
「来年(07)は、ドキュメンタリーの当たり年になる」と
話していました。
そんな今年を代表する一作、
それが、この『ダーウィンの悪夢』です。

| 15:35 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年12月30日

遥かなる大西洋・最終回---旅するように生きること

デッキで迎える夜明け.jpg大西洋横断の船旅は今回が最終回。
まだやってたの?と言われるでしょうが、しこしこ続けておりました。
記録は記録として残しておかないといけません。
時は、忘却を連れてやってきます。  
ラストレポートにお付き合いください。
 
  

| 14:26 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年12月27日

2007年元旦スペシャル番組のお知らせ

ヒルズから見る東京湾岸エリア.jpg

台風一過のような、クリアーな一日となりましたね。
森タワー33階からも、このような気持ちのいい東京が一望できました。
  空にいくつかの白い小さな物体が見えるかもしれません。
  一見UFOのようにも....。
  でも、それは、ガラスに映ったJ-waveの照明なのでありました!
  未確認飛行物体の写真なんて、
  こういう偶然によるものかもしれませんよね。

それはともかく、北東方向には、
ビルの谷間に筑波山もくっきりと浮かびあがりました。
風雨の強かった翌日には、こういう景色が見られます。


ビルの谷間の筑波山.jpg

| 17:03 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年12月27日

遥かなる大西洋⑮

ボブ・マーリー横顔.jpg

  ※写真は『ボブ・マーリー』(偕成社)より抜粋


ジャマイカの風に吹かれた僕は、
1981年に36歳で死んだ20世紀を代表する世界的ミュージシャンであり、
レゲエの神様、ボブ・マーリーのことを少し知りたくなりました。


曲は、いくつか知ってはいました。
しかし、彼がどんな人物だったのか。
どういう考えで歌を歌っていたのか、
お恥ずかしいのですが、あまりよく知りませんでした。
レゲエやボプのファンの方には、
目新しいことはないかもしれませんが、
少々お付き合いください。

| 16:25 | カテゴリー:高瀬毅

2006年12月23日

冬の星座

カフェスロー入り口.jpg  

本当の夜を味わったことがありますか?
天の川を見たことがありますか?

光の国と化した日本の夜を、せめてこの日くらい暗くしてみよう。
そんなイベントが冬至の日の22日(金)、
東京・府中市の「カフェスロー」で開かれました。
名付けて『100万人のキャンドルナイト冬至2006』。

| 14:27 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年12月20日

遥かなる大西洋⑭

小さな海水浴場.jpg

ジャマイカで下船した僕は、10日間の船旅を終えて、
トパーズ号を見送りました。

翌日、帰りの飛行機のフライトは午後5時。
時間はたっぷりとあります。
海が近いので歩いてビーチまで行くことにしました。
すると20分ほどでこんな場所に出ました。

開放感の溢れる風景を写真に撮りたくて
シヤッターをきりましたが、
一番撮りたかったのは風でした。
ジャマイカの風が見えますでしょうか。

| 18:56 | カテゴリー:高瀬毅

2006年12月16日

遥かなる大西洋⑬

モンテコベイの港.jpg


大西洋の旅も佳境に入りました。
ジャマイカの港町モンテゴベイに、朝8時過ぎに到着。
10日ぶりの寄港地とあって、
乗客の皆さんは、いそいそと、町の中へと出かけていきました。
わかるなあ、その気持ち。
陸地と町というのが、たまらなくありがたいわけです。
船にずっと乗っていますとね。

| 15:14 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年12月09日

遥かなる大西洋⑫

僕が乗ったピースボートのクルージングは、第54回目の航海。
1983年から始まった、この世界一周の船旅は、
いまや年に3回のクルージングを実施するまでになっています。

現在、55回目のクルージングの船が、
地中海あたりを航海しているところでしょうか。

目下、59回目の旅の募集が行なわれていて、
以前乗った人たちが、また乗船するケースは珍しくありません。
リピーターの人たちがうらやましくなります。


ピースボート・バンフ.jpg

| 17:48 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年12月02日

『それでもボクはやってない』

周防正行監督の新作『それでもボクはやってない』が
来年1月、東宝系で全国ロードショーとなります。

それに先立って、先週日曜、
東京日比谷の東商ホールで、関係者などを中心とした
特別試写会が開かれました。

私も招待され、観てきました。


それでもボクはやってないチラシ.jpg

| 18:44 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年12月02日

遥かなる大西洋⑪

キューバの上にかかる雲.jpg

カナリア諸島・ラスパルマスの港を出てから8日。
ついに島影が見えてきた!
遠く雲が低くかかっている下に広がる島影。それはキューバ!
カリブ海に入った。

あれがキューバ!
映画『ブエナビスタ・ソシアルクラブ』を思い出す人もいるでしょう。
はい、私も3回観ましたよ。

| 14:35 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年11月29日

遥かなる大西洋⑩

デッキからの夕景.jpg

大西洋の旅も、そろそろ次の寄港地ジャマイカが近づいてきました。
船内に飽きたら、デッキへ。

一人で遠くを見つめる人。
肩を寄せあうカップル。
来し方行く末を考える人もいれば、
希望と不安の入り混じった気持ちで将来を想い描く若者もいる。
ただただ無心に波を見つめている人も。

船の旅の夕暮は、人を詩人にせずにはおかない。

あ、そうだ忘れてた。きょうはディナーだ。
一応フォーマルで、ね。

| 15:59 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年11月25日

中央線よ永遠に!

御茶ノ水駅の中央線.jpg

渓谷にかかるアーチ式の聖橋。
橋の影が、下を流れる神田川に映り、
一編の西洋の風景画のようだ。

学生時代、人並みの青春の懊悩を抱え....
といえば、パリの詩人のようだが。
いえいえ、そんな格好のいいものではなく、
就職どうすんべかな。
行きたい会社にいけるかな?とかなんとか、
俗っぽいことを考えては、自らの怠慢を棚に上げて
都合のいい悩みを抱えていたのであるなあ。

そんな時、よく、この橋の上から、
東京では数少ない水辺の駅、JR中央線の
御茶ノ水駅を眺めていたっけ。

橋と川と木々の緑。
そこにオレンジ色の電車が入ってきた瞬間、
風景は一変する。
まっすぐな一本の線が
パリのカルチェ・ラ・タンに擬せられるお茶ノ水の景色を、
鮮烈に切り裂いていく。その一瞬のシュール。

| 17:02 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年11月25日

遥かなる大西洋⑨

凪の海.jpg

優雅な船旅の最大の問題点は、船酔いです。
これだけは運を天に任せるしかありません。

私が乗った9月15日から25日の大西洋は、
ほとんど大きな揺れがありませんでした。

しかし2日間ほど、横揺れに前後の揺れが加わり、
いくら眠っても、生欠伸を連発。
あれ?あれれ?疲れが溜まってきたか、と思っていたら、
これが船酔いの兆候なのでした。

そして、翌日、海はまるで油を流したようなトロリとしたべた凪。
気味が悪いくらいの静けさ。
生欠伸もウソのようにピタリと、止まりました。

写真の色は、まさに私が見た海の色そのものです。
これが大西洋の色です。

| 15:12 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年11月22日

遥かなる大西洋⑧

船上運動会綱引き①.jpg

まあ、それにしてもいい天気!
こんな日は、外で体を動かしたくなる。
大西洋を10日間、ひたすら西へ西へと向かう船旅は、
体がなまるのです。

そんな乗客のエネルギーを発散させるためのイベントが
この船上運動会。
最上階のデッキの上は、ここが大西洋だというのを
忘れそうになるほどの盛り上がりをみせました。

| 16:43 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年11月18日

抱腹絶倒!明治時代のメディア

錦絵新聞.jpg

この絵、見たことがありますか?
錦絵新聞といいます。

いまから130年近く前、明治時代初期。
まだ日本が江戸の気配を色濃く残していた頃、
発行されていた新聞なのです。

| 18:01 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年11月18日

遥かなる大西洋⑦

船の旅にも慣れてきました。
すこし、船内を歩いてみましょうか。

このトパーズ号、最上階のオープンデッキが8階になります。
ですから、単純化していえば、
8階建てのビルが移動しているようなものです。

この写真はパプリックな施設が集まっている
7階の通路兼オープンスペースです。
左右両舷に配置されていて、ここで、いろいろな人たちとすれ違う
メインストリートというわけです。

船内・廊下.jpg

| 14:20 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年11月15日

遥かなる大西洋⑥

ピースボートの船の旅を彩るのが、船内で連日開かれている
硬軟とりまぜた企画の数々。

それらを乗客たちに知らせるためのメディアがあります。
「海越新聞」。毎日発行されています。つまり100日間の旅で100回の発行。
発効部数1000部。
隔絶された船の上では、重要なメディアです。
うかうかしてると、あっという間にになくなってしまいます。

これがその一部です。

船内新聞全体.jpg

| 15:31 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年11月11日

遥かなる大西洋⑤

デッキで迎える夜明け.jpg

カナリア諸島・ラスパルマスの港を出て、翌早朝、
右手に大きな島影を見たのを最後に、風景は一変。
飛ぶ鳥もなき、360度水平線の大海原の中に放り出されます。

コロンブスは、この海に、
未知の大陸を目指して、2隻の船を従え、
帆船『サンタ・マリア』号で、乗り出したのだ。
その時と同じ風景!同じ海の色!同じ風!同じ光!

物語の中に自らを置いて、しばし想像の翼を広げよう。
贅沢な時間がゆったりと流れ、
時を越えて、何者かが語りかけてくる。
歴史の大河の中で、汝の苦悩は、どれほどのものなるか。
歴史を見よ。歴史を。大いなる人生を生きよ。

| 14:09 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年11月08日

楕円のボールを追いかける

P1000278.JPG

先週の日曜、神宮外苑の秩父宮ラグビー場に行ってきました。
関東大学ラグビー・リーグ戦グループ「法政対大東大」と
対抗戦グループ「明治対慶応」の2試合。

秋晴れの絶好の観戦日和でした。

| 17:30 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年11月08日

遥かなる大西洋④

ピースボート・ラスパルマ1.jpg

テルデ市での取材も先ずは一通り終了。
船の旅は、いよいよこれから。

さてさて、そろそろ港へ向かうとしましょう。
ピースボートの船「トパーズ号」が待っています。

| 15:27 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年11月08日

遥かなる太平洋③

憲法9条の碑.jpg

この写真、なんだか分かりますか?
「憲法9条の碑」です。
「戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認」を掲げた、
日本国憲法第9条なのです。
文面はスペイン語。

場所は、カナリア諸島グランカナリア島・テルデ市。
碑のある場所は、なんと「ヒロシマ・ナガサキ広場」です。

なぜ、日本から遥か遠いカナリア諸島にこうしたモニュメントがあるのでしょうか。

| 14:48 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年11月04日

遥かなる大西洋②

テルデ市風景.jpg

カナリア諸島・グランカナリア島での一日。
ピースボートの出港までには、まだ半日あり、
同乗の軍事ジャーナリスト・前田哲男さん、ルポライターの鎌田慧さん、
それにピースボート事務局の人たちと、島内の取材に出かけました。

| 18:04 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年11月04日

遥かなる大西洋①

カナリア諸島P.jpg

秋も次第に深まってきましたが、9月中旬に敢行した大西洋取材旅行記を
きょうから随時アップしていきます。

初回は、カナリア諸島・ラスパルマスからスタートです。

| 15:14 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年10月22日

秋の夜長の独考

 東京・神田神保町で古本祭が開かれる季節になりました。何はなくとも本があれば幸せな私なので、
今年も“買出し”にでかけます。
 
 そんな私が最近読んだのは、『憲法9条を世界遺産に』(集英社新書)。
著者は、爆笑問題の大田光と宗教学者の中沢新一。
 大田光といえば、いまや“大田総理大臣”として、日本テレビの『大田光の私が総理大臣になったら』で、涙目見開いて、毎週直言の連発で耳目をひきつけています。

 この本は、その大田総理と中沢さんが、縦横に憲法を語り合った本。
「憲法9条は、たった一つ日本に残された夢であり、理想であり、拠り所なんですよね。
他国からは、弱気、弱腰とか批判されるけれど、その嘲笑される部分にこそ、誇りを感じていいと思います」なあんて書いてあります。
 
 旧ソ連の社会主義革命が、作家・宮澤賢治に与えた影響にも話が及んだり、思考し、語り合う楽しさが溢れています。中沢さんは大インテリですが、大田総理の読書力も相当なものだ、と改めて感心しながら読みました。

 硬い話を、おもしろく読める一冊。だんだんきな臭さが増している時代に、憲法9条の精神を考えるには、手ごろな本です。

 
 
 

200610221013000.jpg

| 10:17 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅

2006年10月21日

前のめりの日本核武装論

 旧聞になるが、自民党の中川昭一政調会長が、民放のテレビ番組で日本の核保有(つまりは核武装)について、「議論は当然あっていい。憲法でも核保有は禁止していない」と語ったことが議論を呼んでいる。麻生外務大臣も「言論を封殺はしない」と語り、中川発言を支援した形だ。
 もちろん、どんなことでも議論することは大切だろう。だが、北朝鮮が核実験を強行し、北東アジアが一気に緊迫し、米、中、ロ、韓とともに制裁の足並みを揃えようとしているタイミングで持ち出す真意はどこにあるのか。国民の間に不安な気持ちが高まったときに、それを利用して、防衛システムを変えるきっかけにしたいという意図と受け取られても仕方がない。

 ただ、日本の核武装論は、いまに始まったことではなく、すでに1950年代から、時の首相がしばしば口にしてきたことではある。そういう議論を経て、「作らず、持たず、持ち込ませず」の非核三原則を決めたはずである。そうした経緯を踏まえて、もう一度、非核の意味を考えてみる必要があるのではないだろうか。

 米国は、ベトナム戦争で、核兵器の使用を真剣に考えたことがある。だが、ぎりぎりのところで踏みとどまった。なぜか?もし核兵器をベトナムで使ったら、被爆国日本の国民から猛反発をくらい、在日米軍基地反対運動が高かまり、基地を使えなくなる。日本というアジアの戦略拠点を失ったあげく、共産化から守ろうとしたベトナムを失う、と考えたのだ。核に対して「NO!」という日本国民の多くの声が、核の使用の抑止力となったのである。
 核兵器をもつことによる抑止力を声高に叫ぶ政治家はいつの時代も現れるが、戦後61年もあのアメリカも核を使えなかった理由を、真剣に見つめてみる必要があるはずだ。唯一の被爆国の国民ができることは何か。ヒロシマ・ナガサキの惨劇を忘れず、人類の存亡に関わる核兵器は「使ってはいけない」「要らない」のだということを、それぞれのやり方で世界へ発信しつづけていくことだろう。

| 15:21 | コメント(0) | カテゴリー:高瀬毅


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