2015年03月26日

バイ/ワイアの世界1

 今回の事故ではエアバスA320の構造や機体に依存する墜落理由ではないことが徐々にはっきりして来ました。ある意味安心しましたが、人間管理という難しい問題では新たに厳しい局面に直面したと云えそうです。

 さてA320と云えば、フライバイワイアの嚆矢として鮮烈なデビューを飾ったことが印象的です。操縦席の前に床から生えた大きな操縦桿は有りません.航空史上画期的な出来事でした。パイロットの足元スペースが格段に広がり・・・・と云うよりも片腕で軽く操作できるジョイスティックで何百トンもあるエアバスの機体を操ってしまうのですからオドロキです。

 飛行機の舵は昔っから操縦桿とは機械的に連結されていました。自転車のブレーキも理屈は同じです。油圧機構に置き換わってからも、操縦桿の作動量が作動油の変化量に置き換えられただけで、自動車やバイクのブレーキと同様、レスポンスはダイレクトなものでした。

 フライバイワイアという全く新しい伝達機構は電気とモーター、センサーが必要でそのどれもが健全に動くことが大前提です。言ってみればラジコンの飛行機を操縦する様なもので、空中を飛ぶ電波を電線ケーブルに置き換えたような伝達経路です。もちろんホンモノの飛行機を動かす舵ですから何重もの安全機構で守られていることは疑うまでも有りません。

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2015年03月25日

通信途絶の謎

 フランス南部アルプス山脈の標高2000m付近にバルセロナからデュッセルドルフへ向っていたルフトハンザ系格安航空会社Germanwings の4U9525 便が墜落しました。機体登録ナンバーは D-AIPX, A320 シリーズの内147番目に製造された 25 年もののいわゆる老朽機でした。
 地中海からフランス領内に入り巡航高度を飛行中,何らかの理由で高度を下げたあと墜落です.速度は若干低下傾向にあったものの,エンジン停止などのトラブルがあった様には見えません。この高度の下げ方がパイロットの意図に依るものなのか,意図しないものだったかは原時点で不明です。意図せず高度だけが下がり続け,回復操作が効かなかったとすれば,機体側の欠陥が疑われるものの、それを証明する証拠は今のところありません。

 本格的な原因調査はこれからですが、高度を下げたきっかけが何だったのか?それと、降下中に一切通信が途絶えていたことが疑問です。緊急事態だったにせよ高度を変更するには管制への報告と承認が必要で、これを怠った時点で重大なルール違反、もしくは重大な事故とみなされます。

 コクピットボイスレコーダーとフライトデータレコーダーは発見されており、解析が待ち望まれます。対地速度が400kt近くもあったため、機体は粉々に粉砕されており、大きなパーツは車輪以外に見当たりません。これでは生存者に望みをつなぐことは不可能でしょう。日本人乗客も2人乗り合わせていたようです。


 高度の低下と、通信の途絶がいずれも意図しなかったものなのか、あえてそうしたものなのか、事故の原因に大きくつながるポイントとなるでしょう。そして今の段階ではテロによる何らかの人為的な原因というのも決して否定はできないことが気がかりです。

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2015年03月23日

二本のファンタジー

 大ヒットしたナイトミュージアムの最新作、今度はロンドンに高飛びです。ベンスティーラー、ロビンウィリアムズに加えてゲストスターには思わぬ演技派俳優も!
 おなじみのキャストが大英博物館を舞台にロンドンの町を引っ掻き回す大騒ぎはロンドンを訪れたことのある方には懐かしくも思えることでしょう。

 これでシリーズも最終作か、と思わせたところにフィナーレを飾るBGMとして選ばれたのはシェリル・リン / Cheryl Lynnのなつかしの大ヒット「GOT TO BE REAL」 なんとも粋でお洒落な選曲です。たった一曲でこの作品がとても好きになってしまいました。

 映画の舞台となった、NY自然史博物館はセントラルパークの西隣り、周りは閑静な住宅街です。ちょっと歩けばリンカーンセンターやコロンバスサークルにも近い場所、上野の根津周辺みたいな立地です。サンドイッチ片手にパーク内散策と自然史博物館見学だけでも充分一日楽しめる、お天気にも左右されにくい経済的な観光コースです。

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2015年03月22日

終わりの始まり

 春分の日を過ぎて、日に日に夜明けの時刻が早くなっています。
早朝の番組「zappa」の終わる時刻が近づくとすっかり明るくなります
IMGP8560.jpg

33階から眺めた朝日。ちょっとドラマチックな雲が映画の
タイトルロールでも流れてきそうな雰囲気を出しています。
センバツも桜・開花も始まっていよいよ新年度に向かい助走状態。
花粉に苦しむ私には苦しい季節の訪れでもあるんですが・・・・・

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2015年03月19日

金沢行くなら

 新幹線で金沢に着いたら、もうひと駅足を伸ばしてみませんか。西金沢駅の隣りには小さなローカル線のホーム、ここが北陸鉄道石川線への乗り換え駅です。始点は金沢市内にありますがJRにもっとも近い乗り換え駅はここ。ほどなくすると2両編成の短い電車が現れます。今も東急線で活躍しているステンレスの7000系、古い初代の方がやってきます。京王井の頭線で見かけた旧3000系がやってくるかもしれません。
DSCN8254.jpg
終点の鶴来駅は近年まで途中駅でしたが,今ではここが終着駅。木造のしっかりした駅舎は風格を感じさせます。一時間でも二時間でも長居して雰囲気を味わいたくなる駅です。

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2015年03月17日

耐用年数を過ぎて

 福井県の南部に位置する敦賀(つるが)と云えば日本海に面した静かな湾があり,近畿地方有数の海水浴場があったことを覚えています.当時父の会社の海の家が敦賀湾内にあって,夏休みを何度かここで過ごしました。お盆を過ぎてクラゲが大量に発生し、一面ゼラチンの海のようだったのが印象的。強風に流されてお気に入りのゴムボートを無人のまま日本海に流してしまったのは残念な思い出でした。
 そんな敦賀のスグ近くに原子力発電所が出来て大阪万博に電力を供給し始めたのは45年も前のこと.このたびその古〜い敦賀原発の廃炉が正式に決まりました。
 45年も前といえばカローラやサニーが最初のモデルチェンジを受けた頃.40年前の75年ならCVCCシビックがアメリカのマスキー法排ガス基準をパスして注目を浴びた頃でした。もちろんその頃のサニーもシビックも、今ではほとんど路上で見かけません。沖縄海洋博の跡地はどうなったでしょう。航空機や船舶の法定耐用年数は17年。文明国の日本国では20年も運航されることなど考えられません。

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2015年03月16日

彼方なる銀河

 この春で消えてしまうブルートレインの定期運行、かつて東海道本線といえば、ブルートレインの主戦場・・・・・・京都あたりの東海道線沿いのホテルに泊まると、深夜にかけての時間帯、多くのブルートレインが疾走してゆく姿を望めたものでした。今、同じ場所から眺めても、目にするのはサンライズの一本だけ。つい10年程のあいだにこうも変わってしまったかと、当惑します。
 大阪での仕事となると帰京のタイムリミットは最終の新幹線か伊丹発9時前の飛行機、しかしブルートレインならもっと遅くまで滞在できました。有名な急行「銀河」は数年ほど前まで運行されていましたが、もうありません。10時過ぎに大阪駅を発車、早朝に東京着ですが寝台料金の6000円を払うと、もう新幹線の特急料金を上回っています。実質的なブルートレインの一員ながら高速夜行バスにも新幹線にも敗北し、消え去っていったのも無理ないかもしれません。ブルートレインの登場後は、お下がりの20系車両をあてがわれ、晩年は特急と同じ24系の二段寝台となったので高い寝台料金も無理ないのかもしれませんが・・・

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2015年03月13日

「天候回復」予定通り出発

 まもなくその定期運行を終えようとしている「トワイライトエクスプレス」ニュースでもその最後の姿を数多く捉えているようです。列車はまもなく上下のトワイライト同士がすれ違う頃?あと半日ばかりの列車の旅を乗客たちは満喫している頃でしょうか?待ちくたびれて熟睡中?
 それまでのブルートレインとは違って車体をグリーンに塗り替え、ひときわ豪華な列車としてデビューした豪華列車も,元を正せば70年代に製作された24系寝台客車。これに替わる新型車両と云えば,カシオペアの26系車両しかありません.オマケに青函トンネルの仕様変更で,高価な機関車を新製出来なければ青森から先の牽引機が見当たりません。IMG_1032.jpg
 北海道に直行できるのも魅力の列車でしたが,日本海沿いを直通する特急がこれで皆無となってしまうのも見逃せません.沈むトワイライトを眺めるには特急電車を乗り継ぐか,各駅停車を選ぶよりほかに無くなります.

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2015年03月12日

北斗星の旅の途中・・・

 1993年7月の北海道南西沖地震、その瞬間を留萌の駅舎内で迎えることになりました。程なくして津波注意報が出されたことを知って、真っ先に向かったのは海岸沿いの岩場でテントを広げていたライダー達のいるところでした。すぐさまバイクで急行し、彼らに事の重大さを告げると、地元の消防車が警戒を呼びかけるアナウンスと共に巡回してくるのが見えました。
 道南に比べて震源からは距離があるものの日本海に面した留萌です。日本海を見下ろせる高台の公園には避難してきた地元の人が続々集まってきました。皆、カーラジオから流れる地震関連のニュースに聞き入っているようです。中には愛犬を伴って散歩気分のおじさんも見かけました。海岸からはかなり標高差があり、あんまり危機感はなさそうです。ラジオからは奥尻島で大規模な土砂崩れの発生を報じていましたが、それ以外の被災状況は明らかになってはいませんでした。

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2015年03月11日

思い出の山田線の旅

 三陸海岸の宮古釜石間を海沿いに進む山田線に乗ったのは今から10年以上前,既にJRが運営し、車両も新型のキハ110系に委ねられ、快適な走行を楽しめました。早朝のイチバン列車は五両くらいの編成、おそらく回送車両を含むものと見られますが,単線ローカルらしからぬ威厳を保っていたものでした。
 そんな、三陸海岸、山田湾を望めるのが山田線の路線名の由来。FH000049.jpg
(船越湾〜浪板海岸口駅;震災前)浪板海岸と云えば,駅からも至近距離の県内随一の人気海水浴場でもありました。国道を挟んで海岸線がちらちら見え隠れしますが標高差はかなりあったと記憶しています.それにもかかわらず,津波被害を受けて復旧に手間取ったのだから余程想像を絶する津波の高さだったんでしょう。ちょっとした高台にあった筈の駅舎までもが被害を受けているのが信じられません。

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