2014年08月13日

昭和の名車・colloraレビン、sprinterトレノ(TE27)

 70年代のはじめ頃、歌謡界では南沙織に続く少女アイドルたちが続々デビューを飾ったのがちょうどこの頃。ビクターの麻丘めぐみ、ワーナーのアグネスチャン、そしてアイドル界の絶大なるカリスマだったCBSソニーの天地真理。翌年からはさらに年齢が下がって,山口百恵、森昌子、桜田淳子、石川さゆりといった中学生世代が席巻することになります。

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2014年08月12日

戦後の名車・BMW / Isetta 300

 赤塚不二夫の作品に出て来るキャラクター「べし」にも似たそのユーモラスな顔立ちはオンナノコたちにも人気があるらしく、近年日本に生息している個体も増えている様です。正面に見えている部分は実際これが唯一の乗降用ドアになっていて,ハンドル、計器盤ごとガバッと手前に開きます。これ,冷蔵庫のドアみたいです.開発したイタリアのイソと云うメーカーは冷蔵庫も作っていたと聞いて納得。IMGP8685.jpg

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2014年08月11日

昭和の名車・セリカ・リフトバック(RA25:1973)

 今や国産車には珍しい4桁万円で売買されるTOYOTAの歴史的なプレミアムカー=トヨタ2000GT.その生産中止がアナウンスされたのは1970年の今ごろの季節でした.短い新聞記事に依ればもっと大衆的なスポーツタイプ車を量産するとのこと。年末に発表されたセリカがその正体でした。
 当然,課せられた使命は「売れること」毎月一万台に及ぶ生産台数を売り、2000GTとは比べ物にならない収益をもたらします。

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2014年08月10日

もう一人の(堀越) 二郎 2014

 宮崎駿監督の映画「風の谷のナウシカ」に登場する飛行物体「メーヴェ」をモデルに「ポストペット」をヒットさせたメディアアーティストの八谷和彦【 はちや・かずひこ】さんが開発した小型飛行機が、いま北海道滝川市で試験飛行を重ねています。(共同通信ほか)
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 去年夏の【TOKYO MORNING RADIO】で、お客様にもおいで頂きました。自分で作ったヒコーキに乗って実際に空を飛んでみたい、と夢見たあのアーティストです。

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2014年08月09日

ナガサキ・・・・再び

 東京と長崎を結ぶ長距離列車にはブルートレイン、さくら/みずほがありました。新幹線で京都始発のあかつきに乗ると云うテもありました.が、今では飛行機だけが乗り換え無しに直行(大村空港まで)出来る手段です。その直行便にライムグリーンの可愛い機体を就航させているのがソラシド・エア.九州が本拠の航空会社です.聞き慣れない社名だなと思ったら宮崎ベースのスカイネットアジア航空が社名変更した会社と判り納得.すでに発足10年以上のベテラン選手です。
DSCF2104.jpg
 最近の行き先はもっぱらハウステンボス.その前はオランダ村、佐世保港,でも最初に訪れたのはやっぱり長崎市内でした。市電を縦横に乗りこなしあちこち巡った大学生時代.やはり強烈な印象を残したのは原爆資料館の展示物でした。
 写真や文章で語られる惨状も衝撃的ですが、そこに展示されている熱でひしゃげた一升瓶、ご飯ごと焼けて真っ黒に炭化した弁当箱、それら全てがもの凄い高温の熱と爆風の激しさを物語る,確かな物証です。どれだけ激しい熱,破壊力に見舞われたかを知るには充分以上でした。

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2014年08月08日

昭和の名車・キャロル360(MAZDA:1960)

 原爆が投下された広島の中心部にはマツダ(東洋工業)の本社があり従業員に多数の死傷者が出ました。が,戦後10年のちにはマツダの3輪トラックはダイハツと市場を二分する大ヒットに。引っ越しのトラックといえば10中8〜9はこれでした。
 スバル360が軽自動車として異例の性能の良さから爆発的ヒットを飛ばしていた昭和35年頃,マツダのキャロルはスバルには無い、より豪華な路線を狙いました。5ナンバー小型車並みの四気筒のエンジン,4枚のドアは当時の軽自動車としてはとても豪華な装備でした。クリフカットと呼ばれる屋根のラインは日本車離れした、オシャレなデザインのはずでしたが,日本ではほぼ40年後のトヨタ・ウィルまで採用例もありませんでした。

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2014年08月07日

最近見かける娘

ニュースルームにもいました!コップのふち子さんが・・・・
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今朝の『MORNING INSIGHT』のゲストは、「コップのふち子」さんを開発した「奇譚クラブ」の古屋大貴さんでした。最近、街の片隅で時々気になる存在として目立ってはいましたが…

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2014年08月06日

69年を経て

 市民の足として広大なネットワークを持つ.街の遊撃手=路面電車の中でも
とりわけバラエティにとんだ車両群で飽きない路線が「ひろでん」です。こちらは今も健在な651型.IMGP2870.jpg

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2014年08月05日

戦後の名車・フィアット・チンクウェチェント(500;トッポリーノ)

 英国のミニと同様,21世紀の今になっても時代のアイコンとして人気のチンク・エ・チェント(イタリア語;500)どちらも初代が誕生したのは1950年代後半、きっかけはスエズ動乱に伴うオイルクライシスでした。今と同じく経済的で燃費の良いクルマの開発が急務となり,その為に車体は極限までコンパクト化、エンジンも限りなく小型でガソリンを喰わないものが求められました。IMGP8457.jpg
 時あたかも第二次大戦から10年あまり、戦後の復興から豊かな生活の実現へと社会も動き始めていました。そんなタイミングで登場したのが家族を乗せてドライブに行ける4人乗りの小さな乗用車。広告ポスターにもピクニックや行楽風景、家族旅行や若いカップルがモチーフとして良く登場します。
 ルパン三世が好んで使う車としてももちろんおなじみですね

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2014年08月04日

昭和の名車・パブリカ(UP10)

 昭和30年代、テレビ各局の開局ブーム、東京タワー、ビジネス特急電車、新幹線計画と実現。インフラ整備はどんどん進むもののマイカー時代の到来にはまだ程遠く、法人需要や営業車を中心にトヨタのクルマは成功を収めてはいましたが,大衆に受け入れられるクルマの開発が急務でした.まだまだ家庭にTVも充分に普及していないこの頃、マイカーはやはり高嶺の花、価格を下げても手に入れられるのはごく一握りの層でした。
 トヨタが開発した大衆車はパブリックカーをもじった「パブリカ」今なら軽自動車並みの700ccエンジンはシトロエンの人気者2馬力(2CV)と同じく空冷で2気筒のボクサーエンジン。車両価格も30万円台と軽自動車とほぼ互角のプライスゾーンにありましたが,トヨタが思うような売り上げは達成出来ませんでした。

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