2021年09月06日

デハ3452

そうそう、前回東京五輪の頃には目蒲線電車は確かにこの色でした。

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多摩川駅前には多摩川園と言う遊園地があってコーヒーカップやらくるくる回る飛行船やら有料の遊具が並んでいた筈です。

いつのまにか旧型3000系は緑一色の青蛙色に塗り替えられ濃紺に黄のツートーンカラーはたまに小田急で見かける程度になっていました。1988までは現役だった車両群でその多くは戦前、戦中に生産されたもの。出自も様々で、同じ仕様は2つと無いのでは?と思うくらいの多様さです。

どれも吊り掛けモーターの重々しい音を響かせながら毎日の高校への足となってくれました。たった1編成の7200系を除いて全列車非冷房、この時期の暑さは窓全開で乗り切っていました。

今では冷房非装備など世田谷線でも考えられない時代ですが、不思議と扇風機の風で充分だった気がします。そういえば車内で見かけた女子に片っ端から話しかけていたあの頃、そのうち二人が近所に暮らし、もう一人はウチの住人だったりします。

旧3000系は退役後青森の十和田電鉄や長野の上田電鉄にもお嫁入りして余生を過ごしたとか。そんなひと昔前の情景を想像しながらミニチュアのジオラマに飾られた目蒲線、池上線車両の飾ってあるコンコースを後にしました。

| 22:11 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

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