2010年03月07日

私のラジオデイズ89

昨年12月以来の「私のラジオデイズ」です。

今回からしばらくは、この業界に入って以来
続けている航空取材についてお話をして
みたいと思っています。

私が航空機に興味を持ち始めたのは、
小学生のころからでした。

当時、祖父も航空機が好きで、戦前からの
航空雑誌が家にあった関係で、紙と鉛筆が
あると飛行機の絵ばかりを描いていました。

ライトプレーンとして親しまれたゴム動力機も
よく作ってくれて、原っぱで飛ばすのが日課の
ようになっていました。

その影響を受けて、私の作った模型飛行機は
学校中で一番よく飛びました。

後年、社会人になってもこの道楽から足を洗う
ことは出来ませんでした。

FM放送の世界に飛び込んでからも、業務としての
取材と平行して航空関係の出来事を積極的に
取材し、放送しました。

航空取材というと、一般的には事件、事故を
扱うことが殆どでしたが、私はそうした取材に加え
当時、メディアが殆ど採り上げなかったトピックス
としての出来事も積極的に紹介しました。

例えば、航空会社が新しい機種を導入したり、
これまで使用してきた機種がラストフライトを
迎えるとデンスケを担いで羽田に駆け参じました。

古い飛行機のオークションや大戦中の戦闘機
「疾風」の里帰りも取材しました。

そのほか、航空関係者へのインタビューや取材などは
数え切れません。

そうした取材を通じて、多くの航空関係者と親交を
深め、航空関係者の親睦会である「チューズデー・
ミュージカル・クラブ」や「航空ジャーナリスト協会」に
も所属することが出来ました。

業務を通じて心掛けたことは、より正確で分かりやすい
航空報道に徹することでした。

当時は、メディアで紹介される航空関連のニュースには
誤りが多く、機種名を間違えたり、写真を取り違えるなど
の誤報はしょっちゅうありました。

代表的な間違えは、前にもお話したことがあると思い
ますが、「セスナ報道」です。

当時、国内でその数が一番多かったことから小型機の
代名詞として使われていたセスナ社ですが、
小型機が事故を起こすと「セスナ機が・・・・」
と報道されるケースがよくありました。

当該機の写真を見ると、セスナではなく他社製の
小型機だったりします。
小型機のメーカーは、セスナの他にパイパー、
ビーチクラフト、エアロコマンダー、ムーニーなどが
ありました。

若い頃は、テレビ局や新聞社に電話して、間違えを
よく指摘したりしていました。
(さすがに今はやりませんが・・・・)

そんな、昔の記憶を思い出しながら徒然なるままに
お話が出来たらと思っています。

また、話が長くなりましたが、次回をお楽しみに・・・・

| 13:14 | コメント(1) | カテゴリー:田中穂蓄

コメント

田中さん、お疲れさまです。
自分の鉄道ファン歴は今年40周年、意識をしたのは万博の年で、すべての礎は阪急電鉄です。
12日後も沿線を訪れますが、今回も時間がタイトで、前回・16日前と同じく、12時には新大阪を発ちたいので、浸る時間はなさそうです・・・
田中さんの航空ファン歴は、54,5年~60年目前の熟成・研鑽の歴史なのですね!!
自分も、父より、両祖父に似て、受け継いでいますね!!
父は、祖父の部分も受け継いでいますが(特に毛髪・笑)、9日後・没後20年になる祖母に似ています・・・
自分も、正確さにこだわる質で、わざわざ人様の誤りを訂正はしませんが、非常に気になります・・・
田中さん、今回の「ラジオデイズ・航空編」、楽しみにしております!!

投稿者 ちなみん : 2010年3月 7日 18:51

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