2008年07月06日
私のラジオデイズ36
初めて一人だけの泊まり勤務についた翌朝、
午前4時半前に番組開始テーマとコールサインを
放送し、午前4時半から朝の通信教育講座の
1本目の番組をスタートさせます。
2時間の通信教育講座が終わると午前6時半から
通常の番組が始まります。
(あるいは6時スタートだったかも知れません)
これも無事送出できました。
そして、とんでもない出来事はこの後、起きました。
泊まり明け勤務は、通常、番組の送出を行なったあと、
ニュース本番の1時間前にはニュースルームに入り、
その時間までに入っているニュースの中から、
次のニュースに放送する項目をチェックし、
トップニュースをどれにするか、2番目にどのニュースを
持ってくるかなど、いわゆるニュース編成を行ないます。
この日は、番組送出の合間を縫って、先輩アナが出社するまで
一応、私なりのニュース編成を組んでおきました。
ところが、出社時間の6時を過ぎても先輩アナはやって来ません。
電話をしても音沙汰なし、(当時は携帯電話など存在しませんから
一般加入電話です)
そうこうしている内に、本番のニュース時間が近づいてきました。
「おい、おい、やばいぜ!いったいどうすりゃいいんだ・・・・」
こんな心境です。
ニュース本番5分前、・・・・期待していましたがまだ来ません。
「ええい!自分で読もうっ!!!!」
入社以来、まだ一度も本番デビューしたことはありません。
それどころか、録音でも声出しをしたことはありません。
まだ、上司の許可が下りていないからです。
止むを得ない緊急事態で、独断で読むことにし、
スタジオへ入りました。
そして、午前6時50分、ついにニュースが始まってしまいました。
パニックで頭が真っ白になっている状態で、この間の記憶は
定かではありません。
とにかく、10分間のニュースをなんとか読み続けようと必死でした。
ニュースを読み始めてしばらくすると、スタジオの外に先輩アナの
姿が確認されました。
両手を合わせ、私の方を見てしきりに謝っています。
そんな姿を視界の中に確認しつつ、なお必死の思いでニュースを
読み続けました。
途中でニュースを代わってもらうことなど出来ません。
自分で最後まで読まなければならないのです。
その時の形相は、おそらく普通ではなかったと思います。
そうして10分間の、私には数10分の時間に思えましたが、
長い長いニュースが終りました。
幸い、何ヵ所か噛みましたが、みっともないニュースにはならず
なんとか読み終えました。
スタジオを出ると、外で待っていた先輩アナが言いました。
「ご免!でも、初めてにしては良かったじゃん!」
「先輩!冗談はよして下さいよ!死にそうでしたよ!!!」
本当にこの時ばかりは泣きそうになりました。
その日の午前、先輩アナと私は上司に呼ばれました。
今朝起きた出来事の報告です。
先輩アナ「実は・・・・・・」
上司「ああ、聴かせてもらいました。
ニュース間に合わなかったんだって・・・」
先輩アナ「はい、申し訳ありません」
上司「しっかりしてもらわないと困るよ・・・・・」
先輩アナ「はあ・・・・・・」
上司「田中君は、もういいんじゃない!」
私「はっ????(やばい!!くっ、クビかあ・・・・・・)」
上司「あしたから一人で出来るんじゃない・・・・・」
私「えっ!!!!そ、そんな・・・・・」
これが、私のラジオデビューの一部始終です。
災い転じて福となす・・・・・とはこのことで、
幸いに、先輩アナにも私にも大きな御咎めはなく、
厳重注意で事なきを得ました。
この経験が私の放送人生にとって、良かったのか、
悪かったのか分かりませんが、一つ言えるのは、
この後、大抵のことには動じなくなりました。
あの時ひょっとしたら、先輩は親心で私に自信を
つけさせようと、わざと遅れて来たのかも知れません。
今となっては確かめる訳にはいきませんが、
いずれにしても、今はそんな先輩に感謝をしています。
ということで、私の初鳴きの録音テープは
残念ながら残っていません。
ではまた次回・・・・