2024年03月11日
311以降あの写真、今頃は・・・・
震災から13年が経ちました当時の記録は多くがデジタル映像であったりmp3動画だったりしますが・・・・・
震災直後から被災現場で自衛隊員が捜索していたものの中に写真やアルバムが
多数含まれていたことをご存知でしょうか?
こうした写真を洗浄,乾燥して新しいアルバムに納め、
被災した持ち主の元に返そうという
「写真救済」プロジェクトが
震災後の数ヶ月に被災地の70カ所以上で行われて来ました。
泥まみれになっていたり,湿気を含んで台紙と癒着したり
少なからずダメージを受けたものが多くを占めており.
これからの高温が続くと乳剤層のダメージが深刻化します
そこで,現地で処理しきれない大量の写真が
神奈川県内にある大手写真メーカーに運ばれて来ました。
気仙沼、女川、陸前高田、釜石、名取などの各地域から
送られてきた10万枚を越える写真を人海戦術で
救済しようという大プロジェクトが始まっています。
おかあさんが我が子の成長を一年単位でまとめた分厚いアルバム
息子、娘の成長の節目にとった記念写真の数々がおさまったもの
結婚式の写真や愛妻、大切な愛車を収めた記念写真があったり
日頃の食事を記録したスナップ,思い出の観光地を収めた・・・・
文字通りの手作業で一枚づつ地道な作業が続きます
写真にはなるべく多くの手がかりが得られる様に内容や
場所、日付、個人名が判ったものや書き込みの情報など、
数多くの情報を添付してあげます。管理番号には
写真が見つかった場所、日時,その状況など
一元管理されて検索し易いようになっています。
一枚でも多くの写真が持ち主の元へ返ってくれたら
そんな気持ちで,ここ関東の一画でもボランティア活動が続き、
当初目標とした10万枚をはるかに超えて、17万枚の写真を洗浄し、
現地に送り返すことができました。
現地では持ち主探しの活動を継続しており、既に
たくさんの写真が持ち主の元に返り始めています。
あれから大半の写真がファイルで保存されるようにな理、紙焼きの写真は特別なものを除いて災害で失われることは少なくなってきました。
とはいえ、ネット環境やサーバーの経営状況によってはクラウド上のデータが永久に保存されるとはかぎりません。
大切な一枚だからこそ、紙焼きプリントで残したいもの。
311が巡ってくるたびに被災した写真のことも考えてしまうこの頃です