2022年08月12日
太平洋の日?!
このほど、サンフランシスコから西向きで太平洋単独ヨット横断を成功させた冒険家堀江謙一さん
そもそも世界で最初に単独で堀江さんが太平洋を横断したのは 1962年(=昭和37年)のこの日、当時はベニヤ板のちっぽけなマーメイド号で日本から東への航海でした、
今回の愛艇マーメイド3世号は小笠原近海も通過して、6月初頭にはいよいよゴールも目前,四国沖の手の届きそうな場所まで近づいてきた様に見えますが、ゴールを目前にして今までの様な順調一本槍の航海とは行かない様子です。
その大きなファクターは黒潮と前線,それに電気?・・・
太平洋を蛇行しながら北上する黒潮の複雑な流れは時としてヨットをアメリカ方向に押し戻す様な方向にも変わります。なるべく逆走にならないルート選びは難しそうです。
加えてこの時期の梅雨前線はちょうど堀江さんのゴールを阻むように横たわり、かつ前線の手前と向こう側では風向きも強さもあっという間に激変します。このところ堀江さんのヨットが記録した航跡を見ても、極端にスピードが落ちたり、時としてくるりと輪を書いて逆向きになっていたりと、その苦労がしのばれます。
実はこの航海で堀江さんが最も困難と見込んでいたのがこの日本近海でした。
加えて、太陽光が十分に得られないと小さな発電パネルが受ける光も不足して、バッテリーに十分な電力を蓄えることが出来ません。これまで堀江さんが楽しみにしてきたアマチュア無線家との無線交信もこうした理由から今回は終了とされました。
この時点で、四国沖の太平洋上、順調ならば3日のうちにもゴールできそうな北緯33度付近まで来ていました.堀江さんの談によれば黒潮を超えるのは一苦労だったとか。
5月中のゴールだけは無理でしたが、まあ風任せの航海ですから・・・・・ほぼ予想通りかやや早く10週間を切って無事に何度目かの太平洋横断を83歳という最高齢で達成したのでした。
今の時代なら即日、あの前人未到の偉業が伝えられるでしょうけど、1962年のマスコミはそこまでは進歩していません。
なので、本当なら8月の祝日を設けるなら、せめて海の日をこっちに持ってきて、太平洋の日とか(太平洋ひとり)ぼっちの日とか、辻褄の合わせようがあろうかと思うのですが・・・・