2019年07月06日

スポーツ(car)は必要か

自分の愛車偏愛歴を振り返ってみると2人しか乗れないクルマが案外多いことに気づきます。VWトランスポーターのシートをフェアレディのものに交換して2人乗り仕様としたり、青い国産ロード・スターの後には最初からリアシートが無くロール・バーを組み込んだレース用の2人乗りヴィッツ・・・・

そんな2シーター遍歴の発端はフェアレディZでした。書店に並んでいたZの歴代ムック本、50年前から現代までのZを取り上げていたから・・・・もうレジ直行です!

その初代モデルは北米向けにそれまでのオープンからクーペスタイルに変身、名前にも末尾に26文字の最後、究極をイメージしたZが加えられます。

Imgq9741

当時のライバルトヨタ2000GTと良く似た構成のロングノーズ3ドアファストバッククーペ、6気筒直列エンジンと5段変速ギア、更にツインカム4バルブエンジン(Z432)は日産、日本車の頂点を飾る究極の高性能車だったものです。

そんな憧れのクルマを自分の足に出来たのは漸く80年代に入ってから。まだ地方都市の有料パーキングではしばしばイタリア製スポーツカーブランドのクルマと勘違いされるのが自慢の種でした。

この頃はとにかく6気筒エンジンの車が欲しくって、軽い車重と少ない空気抵抗、何より所有欲を満たす満足感の大きさで比較検討の余地はありませんでした。その頃デビューした3代目Z31は大きく様変わりした5ナンバー最後の世代。これもたまらなく欲しくっなて、10年・20年計画でZだけを乗り継ぐ将来計画を立てたものでした。

4人乗りもある最後の世代となったZ32はGTーRと並んで400万円台のグレードが毎月何百代も売れたバブル期の産。北米向けの豪華で重いGTカーとなって、購買欲も褪せて来ました。再び2人乗りオンリーとなったZ33,34世代には初代の面影が見え隠れして、またもや購買意欲を刺激されます・・・・・


Imgq9742 フェアレディのルーツを遡ればサンフランシスコ条約発効当時のダットサン・スポーツの時代まで辿ることができます。日本ではこれほど長い間スポーツカーを作り続けたメーカーは他にありません。

 カリスマ最高経営者が交代してしまった日産が、今後ビジネス上のメリットとしてスポーツカーの存在意義を大切に考え続けてくれるかどうか?四人乗れるスーパースポーツのGT-Rとどちらが最後まで生き残れるか?元Zオーナーとしては動向が気になるところです・・・・

| 23:45 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

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