2019年01月25日

ルノーいま昔

日産ルノー連合の会長だけでなくルノー本社の最高責任者の座を退任したゴーン前会長、世界一の規模を誇る自動車グループの統括職から完全に離れる事になりました。今後、この巨大グループを引っ張る牽引役は誰が果たすのか?日産もルノーもこれから魅力ある商品群を供給し続けることができるのか?・・・

さて、話を60年ほど逆戻りさせて日本とルノーの縁について振り返ってみます。実質的な国営企業フランスのルノー社は日本にとって、最初は自動車づくりの先生でした。今は乗用車生産から撤退した東京の自動車メーカー日野自動車が国産車づくりのお手本にしたのが昔のルノー4CV。4ドア四気筒リアエンジンの小型車はタクシー用として重宝し街中でもポピュラーな存在でした。
最初は部品を輸入して日本で組み立てるノックダウン生産だったのが部品生産も国産化し、やがては日野独自開発の名車・コンテッサの誕生に繋がります。

やがてバブル景気を迎え国産車が世界を席巻する頃、ルノーブランドは日本正規代理店が一時不在の時代がありました・・・・・が、日産との提携以降再び日本に上陸、もともと郵便車向けだった「カングー」の人気は日本でブレイク、フランスにも知れ渡るまでに至っています。
そんなルノーも他社から技術供与を相次ぎ受け入れる時代となりました。最小クラスのコンパクト・カー「トゥインゴ」はもともとメルセデスが開発した「スマート」の4ドア版。水冷エンジンを載せたリアエンジン4ドアは、あの懐かしのルノー4CVと同じレイアウト。重くてウルサイエンジンは後席より後ろ、山道でのハンドリングも軽快、とマニア好みの個性派です。

ルノー傘下の日産からは現在のGT-RやZ、EV群を始め、戦略的な車種が数多く生まれています。反面、ルノーの血筋をうかがわせるラフェスタのような個性派は結局長続きしませんでした。
その昔、経営危機と共にシルビアやプリメーラ、直列六気筒エンジンといった秀作がいくつも消えていったことを考えると、再びあんな時代が来ないように祈るばかりです・・・・・

| 09:49 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

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