2016年06月30日

1966

今からちょうど半世紀前、ビートルズが来日し日本公演を行ったというテレビニュースは今でもはっきりと記憶に残っています。が、ビートルズの曲を聴くようになったのはずっと後になってから・・・・中学の先輩たちがコピーバンドを作ってカバーを弾きまくっていた頃でした。最初に映画「ヘルプ」を見たころには四人ともソロ活動の真っ最中、ジョンもジョージもヒットチャートの常連でした。


1966年、昭和41年という年は文化、生活、産業に至るまで日本の大きな変節点でした。グループサウンズという言葉はまだ存在しなかった当時、ブルーコメッツがブルーシャトーを大ヒットさせ、タイガースやテンプターズ、スパイダースといった人気グループがあっという間に歌謡界を席巻します。子供たちの間ではこの年日本での放映が始まったSF劇「サンダーバード」や円谷プロの「ウルトラマン」が話題騒然に。その人気は半世紀たっても衰えることはありません。
クルマの業界でも新しい潮流が生まれています。3輪トラックのトップメーカー、ダイハツが初めて軽乗用車に進出した「フェロー」富士重工の本格的5ナンバー乗用車「スバル1000」マツダの乗用車二つ目のブランド、中型セダン「ルーチェ」  そして何よりも大衆車戦争の発火点となった日産「サニー」とトヨタ「カローラ」の登場。マイカー元年と呼ばれたこの年、乗用車の販売、保有台数は飛躍的に増え始めマイカーを持つ家庭も珍しくはなくなっていきました。カラーテレビを購入すると屋根上のアンテナも素子の多い赤い大きなものに替えなければならず、どこの家庭がカラーテレビを購入したかが一目でわかったものです。

ビートルズの全盛時代、それはまさに日本にとっても夢のような高度成長の時代でした。70年代には公害問題や石油危機、ベトナム戦争の泥沼化といった困った問題も噴出しますがそれはまだ先の話。常磐炭鉱が活路を求めて温泉リゾートを立ち上げたのも大体この頃でした。
ある意味、日本にたくさんの夢を持ち込んでくれたようなビートルズの来日、それは日本の歴史を変えた大事件だったのかもしれません。

| 21:41 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

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