2016年01月14日

故国を追われて

 住み慣れたシリアを離れて見ず知らずの外国に逃避せざるを得なくなった難民たち、去年だけでも、欧州に逃れたシリア難民の数は百万人に達するというではありませんか・・・・・・遠く離れた大陸の反対側のできごと、でしょうか?
 遠い昔、1930年代・・・ナチス政権から逃れ、安住の地を目指そうと、西欧を離れロシア通過を目論んだのはユダヤ難民たちでした。同胞の多くはナチスの手により非業の死を遂げています。
 そんな折、ロシアの前庭、リトアニアの日本領事館に赴任したのが杉原千畝(ちうね)でした。

 ナチスと手を組んだロシアをユダヤ難民が通過してさらに遠方に逃れるためには最終目的地(アメリカ)のビザと、さらにもう一つ、日本通過を認めるビザがどうしても必要だったのです。リトアニアの日本領事館前はビザ申請に訪れるユダヤ人たちでいっぱい。

 日本国政府に連絡して回答が届くまでには少なくとも数日の時間がかかります。ここリトアニアの領事館は間もなくロシアにより強制退去させられてしまいそう・・・・・・・この間隙をうまくついて杉原は幾千もの通過ビザを発給します。手書きの文字を判型にとって、スピードアップも図りました。こうして,2000人以上ものユダヤ人が命を救われたと言われます。
 映画「杉原千畝」はこの史実を再現した戦後70年を記念する作品です。邦画ですが舞台は欧州、セリフも字幕表示が度々登場します。現地で動員されたスタッフ、エキストラ出演者の数を思うと、その力の入れ具合が推し量られます。登場する車両の時代考証もまた、見もの。戦車や軍用車のマニアなら必見の映画かもしれません。難民をめぐる問題とナショナリティに関してはなくなった竹田圭吾さんも真摯に注目していたテーマのようです。この映画、見ることができたのでしょうか?

 

 当然ナチス側に、目をつけられることは必至の杉原、ベルリン勤務を言い渡され、果たして戦火を生き延びてゆけるのかどうか・・・・・・・杉原の運命は如何に?・・・・・

| 00:50 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

コメント

■コメントはこちらへ


保存しますか?
(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)


2020年 7月

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

バックナンバー

カテゴリー