2015年09月22日

プラザ合意30年

 ニューヨークの名門ホテルで先進国財務省が円高誘導に結びつく協議を行った85年9月22日のプラザ合意。あれから日本は怒濤の様なバブル時代に向ってひた走りました。

 標的となったのは実質的には日本の貿易黒字、具体的には日本車の対米輸出でした。何百万台という乗用車がアメリカに輸出され,ドルでもたらされた利益は割安な日本円に換金されて・・・円高誘導は実質的な日本利益の縮小に繋がります。まだまだ1ドル札でガソリン2リッターの価値があった円ドル・レート。あれよあれよと云う間に,200円を割り,150円を割り・・・円高不況と云う言葉が頻繁にニュースに登場しました。輸出に依存する近畿の零細企業は、もう存続すら危ぶまれる,と云った状況でした。
 
 東京ではやがて土地神話のはじまり、株価高騰の未曾有のバブル時代が到来します。F1ドライバーアイルトンセナの快進撃も,ちょうど円高時代にシンクロした様な時代のことでした。
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 シーマ現象と云った高級車ブームも円高と無縁ではありません。北米市場では付加価値の高い高級車をブランドから新たに立ち上げ、レクサスやインフィニティ、アキュラが人気となります。北米での日本車工場も本格稼働をはじめ,ドル安を活かした逆輸入車が人気となりました。日本でのF1人気が沸騰したのもこの頃。中嶋悟がフル参戦し鈴鹿で毎年F1日本GPが開催される様になります。

 円高は確かに日本企業には逆風でした。しかし,消費税の導入と引き換えに乗用車に課せられていた高額な物品税が廃止されたことにより、クルマは実質的な値下げ。株価の上昇も手伝って国内で乗用車が700万台以上売れるという夢の様な時代が訪れます。F1レースに潤沢な資金を投入できたのもこんな背景があったからかも知れません。
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 2000年代に再びホンダがF1参戦した頃には,経済状況もクルマの売れ行きもバブルの頃とは全く違っていました。日本は先の見えない長〜いデフレ不況のまっただ中。リストラ、倒産の文字が幾度と無く踊っていたものです。セナというカリスマもおらずフェラーリに移籍したシューマッハを止められるライバルは不在でした。

 バブル期のセナとデフレ下のシューマッハ、経済状況も違えばドライビング・スタイルも違うカリスマたち
これから生まれて来るヒーローはどんな経済状況のもとで活躍するのでしょうか

| 01:54 | カテゴリー:吉田雅彦


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