2014年12月12日
garant GTO 1970
(太平洋戦争の)戦時中は三菱重工(当時)も富士重工(旧中島飛行機)も優秀な戦闘機メーカーとして名を馳せていました。が、戦後は飛行機生産の翼をもがれ、二輪車の生産などで食いつなぐしかありませんでした。航空機用の車輪とジュラルミン素材を使って作られたのが三菱ピジョンと云うスクーター。当時はジュラルミン製の自転車などもラインナップされており、今からでも手に入れたくなる逸材です。
反面、自動車造りと云うカテゴリーに於いては独創的な富士重工と対照的に保守的な路線をひた走っていた三菱の自動車。技術的にもデザイン面でも保守的な実直,まじめさが取り柄のクルマ造りが特色でした。ピジョンスクーターの好敵手は富士重工:ラビットスクーター。後に世界ラリー選手権でランエボvsインプレッサで相まみえるのは因縁なんでしょうか?
そんなマジメなミツビシの転機は69年のコルト・ギャランでした。それまでの重厚長大、質実剛健な社風からは考えられない斬新でシャープなモダンデザイン、何を隠そう仕掛人はベルトーネから独立するジュジアーロそのひと。VWゴルフ発表の5年前でした。
ギャランはその後、美しい2ドアハードトップを追加したばかりでなく、アメリカの人気車ムスタングの匂いを醸し出すさらにスポーティーなギャランGTOを発表します。中学時代までの冴えないガリ勉タイプの同級生女子が高校生になったら突然可愛くオンナっぽくなっていた、と云う成長ぶりに良く似ています。
世界にベビーマスタングの称号を贈られたクーペは数あれど、ここまでカッコいいデザインはちょっと例がありませんでした。
ファストバックの流れるようなルーフラインに空力効果を狙ったダックテールが何よりの特徴。ライバルのセリカが採用するのは3年後のリフトバックからでした。