2014年03月13日

3月12日の朝に

 その日の朝、ニュースを担当していた報道関係者の大半は前日に起きた巨大な地震,津波被害のまとめに忙殺されていました。が,膨大なニュースの一角で、東電福島第一原発の異常を想起させるニュースはホンの一部、「発電所正門前の空間線量が異常な上昇値を示している」と云う地味な表現のモノでした。この線量の急上昇が何を意味していたのか?実はこの時既に,冷却能力を喪失した原子炉がメルトダウンのプロセス下にあったことはご存知の通り。当時の菅首相は首都圏を含み半径250km圏内の総避難も覚悟していたそうです。では何故,その時すぐに原子炉の状態が明らかにされなかったのか?水温計はじめ、機器類が正常値を示していなかったことは置くとして、この日午前の段階で水素爆発の可能性については,あくまでも燃料棒が損傷したケースで,と云う仮定の話しでした。日が暮れる前には現実に水素爆発が起きていたのですが・・・・そうはいっても,この時点で放射能流出/汚染が始まっていたことは明白でした。にもかかわらず,避難指示や様々な対処が後手後手に回ったのは誰の責任で,何が足りなかったのか?原発の再稼働を論じる前に、もう一度あの頃を振り返って冷静に分析する必要があるのではないでしょうか?
 今日の夕刊には早くも九州で原発再稼働に向けてのプロセスが進みつつあることを伝えるニュースが踊っていますが・・・・・・・・・

| 16:24 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

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