2009年01月11日

夢見る頃を過ぎても

内閣府は、07年11月から景気後退が始まったと認定する方針を今頃になって固めました。で、戦後最大?となった景気拡大は、「いざなぎ景気」(昭和四十年代)の57カ月間を1年上回るという、庶民感覚からかけ離れたものに。40年昔のいざなぎ景気まっただ中のあのころは
若者のクルマ離れ、なんて考えられない時代でした。
欲しいクルマの筆頭は勿論スポーツカー。
今ではすっかり見かけなくなりましたが、
日産は今も伝統のスポーツカーを造っています。
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生まれ変わった新型のフェアエディーZ

アメリカで沢山外貨を稼いできた、文字通り日産のドル箱でした。
ランプベゼルの縦に長いえぐりも然ることながら

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クウォーターパネルのクレッセントウィンドウも
(当時の流行・三日月型の後席側窓)
今放映されているCMに一瞬写る
懐かしのかつての愛車(S30)
40年前にデビューの初代のZを彷彿させます。

Img_0089

デザインされたのは60年代、今も魅力は褪せません
勿論現代のクルマの方が性能、環境面含め
優れているのは疑い様の無い事実ですが。

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計器盤にも昔の名残が、何となく感じられます。

自動車業界を襲ったかつて無い世界的不況
逆風の中10日に開幕のアメリカ・デトロイトショーでは
どんな夢が具現化するのか・・・・そろそろ
プレスデーのプレゼンが始まる時間です。

| 21:42 | コメント(4) | カテゴリー:吉田雅彦

コメント

先週たまたまBS(日テレかBSi)でZ特集番組観ました。新旧Zがサーキット場(多分富士だったかな?)で多数走っていました。
好きだね~!と思ったのはZの個人専門店がある事、パーツは全てZ仕様。
正規店ではオートバイや車でも専門店はあるので大して驚きませんが。

すみません、鉄ネタです。
中央線のE233系、先週とうとう運休がでてしましました。9月の青梅用車の事故遭遇(一部廃車で代替新造)・中央車の度重なる故障、検査入場によるものです。(え、故障?登場より短期間でのトラブルはまずいですね)
201系2本(中央)、四季彩(青梅)の運用入りでもやりくり出来ず。
何でも効率化による最低限両数のデジタル管理→ツケが回ってきた結果です。京葉より201を呼び戻すか、増備計画にない1000番台・3000番台を必要分造り、限定運用・事故廃車分+必要分を造り運用させる必要があります。
現実的には京葉の201を呼び戻す→最短日数で穴埋めできます。
最低でも10連2本は必要ですね。同車も故障続きでポンコツのレッテルが貼られているので、`穴埋め用の予備用'と言っておきます。(ポンコツ呼ばわりは事実ですので気を悪くしないでください)いづれは解決すると思いますが・・・。(?)
京浜東北や東海道、宇都宮、高崎、常磐、南武では置換えでも予備分が確保されているのに一体この各差は何・・・?旧国鉄形車両の寿命は延びた・・・?

投稿者 小人部隊一号 : 2009年1月11日 23:00

現地では早くも北米no.1・TOYOTAの新型カムリや
HONDAの新型ハイブリッド・新インサイトが
http://prn.newscom.com/cgi-bin/pub/s?f=PRN/prnpub&p1=20090111/LA57632&xtag=PRN-prnphotos-78020&redir=preview&tr=1&row=1
発表されました。
初代だけでも70万台が北米に送り込まれ
その多くが長命だったZは、商売のネタとしても
おいしいクルマでした。ポールニューマンのレース活動
でもおなじみ(北米では)のブランドで、
ポルシェがパワーアップを余儀なくされたのも
このクルマがあったから、です。

投稿者 吉田雅彦 : 2009年1月11日 23:34

吉田さん、お疲れさまです。
また少々遅くなりました…
自分がZと聴くと、マジンガーZが頭に浮かびます(笑)
ちなみに、アポロ月計画は、妹が生まれるほぼ2ヶ月前、リアルタイムではありませんが、記憶に残っています…
やはり、シルバーのガンメタリックボディーに惹かれます!!
ハンドルも、定番かもしれませんが、ピッタリ自分の感性にフィットします。
景気の後退…もっと長く続いていると感じますが…
吉田さん、下から2段目、ポルシェがぽルシェになっています…
訂正後、この「吉田さん…」以降削除ください。

投稿者 ちなみん : 2009年1月12日 14:29

実は栄光のZすら生産中止を余儀なくされた時期がありました
90年代を中心に北米で事故率の高いクルマにランクされたクルマの保険料が肥大し、格差が付けられたおかげで販売はガタ落ち、2ドアのオシャレなクルマは軒並み姿を消して行きました。クーペまがいの4ドアが流行り始めたのもこの頃から・・・・
元オーナーでもあるゴーン社長の復活決定の陰にはカタログから消えてしまったフェアレディーに熱烈なラブコールを送った北米の愛好家達の情熱がありました。

投稿者 吉田雅彦 : 2009年1月12日 21:46

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