2023年10月04日

prince1900sprint

プリンス自動車がまだ独立した会社だった1960年ごろ、魅力的なスポーツカーがいくつも生まれていました。
有名なのは1960年のスカイラインスポーツ、これはなかなか街中で遭遇する機会も稀で、最近になって初めて実車を見たという人も多いはず。Img_2038
この車の土台はまだシャーシフレームを持っていた頃の初代スカイライン。

実はほぼ同じ頃、やはりイタリア人デザイナーに委ねられたもう一つのスーパースポーツが存在していました。
いましたというのは、もう実車が失われてこの世に存在していないからです。

最初は試作車の小型セダンを土台にイメージスケッチが描かれましたが、やがて2代目スカイラインの開発が始まると、こちらを土台にしたでざいんに修正されます。
初代はノーズが短く、ミドシップの宇宙船みたいな佇まいだったのが、スカイラインに合わせてノーズが引き伸ばされ、GTカーとしてのプロポーションが整います。

ノーズに収まっているのはスカイライン搭載の4気筒エンジン、つまり当時としては先進的なOHCで、ツインキャブレターを奢ったものでした。

この幻のスカイライン1900スプリントを再生産しようというプロジェクトが始動。
残されていた図面と、精密な写真をもとに、3D測定が行われ、実寸のクレイモデルが作られては写真と比較。修正を繰り返して実物と寸分違わぬ木型が出来上がります。
ここからは昔通りの手作業での板金工作・・・・・車台には実際に使われた2代目スカイラインのモノコックシャーシが使われています。

そして、今年春には鈴鹿サーキットで実走するシェイクダウンテスト。そう、モックアップではなく自走できる再生産された車両なのです。
それがこのほど日産本社で展示されている世界にたった一台の2023年製スカイライン1900スプリント。
フロントエンジンとは思えない、優美なフロントスタイルとちょっぴりフェラーリっぽい雰囲気のある魅力的なテール。

Img_2065もしも60年前にこのクルマが世に出ていたら・・・・・それもスカイラインGTの誕生前に・・・・
プリンス自動車のあり方も或いはかなり違ったものになっていたのかも?
日本グランプリでポルシェを追い回したスカイライン GTが俊足セダンの名を欲しいままにしたあの頃、もしもスプリントが市販されていたら117クーペや初代シルビアのような孤高の存在だったことは想像にかたくありません・・・・・

| 18:13 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

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