2022年02月18日

SNSはmediaなのか?

インターネットに個人がホームページを立ち上げ、自分の意見や画像、その他デジタルファイル化出来るものを自由に公開し、誰もが閲覧できる様になります。そのページを頻繁に更新し、ログ(記録簿)の様に並べて見せるブログという表現型式が根付くのが2005年前後からの事でした。数多くの人が目にするブログには有名人や知名度の高い企業のPRなど,検索エンジンで頻繁にサーチされるものが多く,無名の一個人が大きな発言力を持つのは至難の業でした。

ブログや会員制コミュニティで作るサイトの流行を追う様に,英文だと150文字に限られた短い文を誰もが読み書きできる巨大な掲示板サイト、ツイッターが登場します。これと前後して同じ様に動画ファイルを投稿し,閲覧できるユーチューブというサイトも始まりました。これに先んじてアップル社が開発した携帯ツール,i-phoneが爆発的に普及し,個人間同志のコミュニケーションのあり方さえも変えて行きます。電話の機能に加えてホームページを閲覧できたり,サイトに描き込み,投稿できる持ち歩き可能なメディアツールの歴史がはじまったのでした。


動画サイトには広告掲載の余地がふんだんにあり、大勢の試聴数を穫得した投稿者には報酬として,金銭的な利益がもたらされます。ツイッターに遅れて登場したフェイスブックの場合は短い文だけでは無く写真、動画、長文も掲載が可能でより深い関係性の確立と広告の掲載が可能でした。
こうしたサイトはいずれも私企業が運営するもので収入の大半は広告主から掲載料を受け取る事で得られますが、広告主に利用者の接続状況や閲覧履歴などの情報を提供して見返りを受け取る事が問題視される様にもなって来ています。
他方で広告の少ないツイッターが脚光を浴びるのは、その大きな拡散機能にあると言えそうです。何百、何千万ものフォロワーを抱える、インフルエンサーといった人たち、大国の首領の発言、投稿には想像を超える影響力があります。更に,リツイート機能を使って何倍もの波及効果を生み出すところがツイッターの特色です。

こうなって来ると,もはや交流サイトではなく、既にメディアの一員では無いかと見る向きもある様です。たしかに発行部数が数万前後で低迷している雑誌の影響力にくらべたら、比べ物にならない影響力です。
しかし、プラットフォームと呼ばれるこうした投稿サイトは,あくまで場をあたえているに過ぎず、電波を発信している東京スカイツリーと何ら役どころは変わりない、という見方もできます。

しかし,物理的に投稿可能なものは何でも掲載されてしまうかと言うと,そうでは有りません.公序良俗に反するもの,犯罪にかかわる内容、わいせつな画像等々、掲載を制限されるものはたくさん存在し,それらは人為的に,あるいは機械的にはじかれるシステムになっています。つまり,運営側にも掲載の責任が生じて来る訳で,近年では名誉依存や脅迫にあたる発言者の個人情報を捜査当局から開示する様求められる事も増えています。

これからの時代、プラットオフォームに求められる責任はますます増大し,重いものになってゆくでしょう.反面表現の自由やモラルの定義といった価値観の線引きもますます複雑に,難しくなって来るでしょう。運営サイトを続ける限りはこうした問題にも真摯に取り組んで行く必要があります。

いっぽうで、国家権力が自由な言論を規制するべく,過剰な検閲や投稿の削除を濫用する事も問題です。
新幹線網が日本より発達している国の大きな都市に自分の愛用のPCを持ち込み,お気に入りのブックマークを開こうとすると実に多くのサイトが接続できないままになっています。(幸いこのブログはOKでしたが)この国に住む人の自由な意見,主張が容易に見られない背景にはこんな事実もあるのです・・・・・・


| 22:10 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

コメント

■コメントはこちらへ


保存しますか?
(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)


2022年 2月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28          

バックナンバー

カテゴリー