2020年03月28日
Mr.ダンディ
60年代、と言っても1900年代の話。東大安田講堂や新宿騒乱に代表されるような学生運動が激しさを増していたころのこと。作家・三島由紀夫がまだ生きていたころの話です。
男性誌の人気男性投票ランキング「ミスターダンディー」で俳優やスポーツ選手らを蹴散らし堂々の一位に輝いた時代のアイコン。学習院高校時代から著作を生み出し、東大-大蔵省とエリートコースを歩んだのち作家に転向。川端康成とは日本人初のノーベル文学賞を争ったとも噂される天才でもあり、奇才でもあり、没後半世紀となる今なお世界中のファンを魅了し続けているカリスマ文学者なのであります。
そんなミシマが左派・学生たちの運動団体、全共闘の招きで東京大学駒場キャンパス900番教室でのディスカッションに参加したのは、亡くなる500日余り前の1969年5月のことでした。
ミシマと言えば天皇制を尊ぶ右派中の右派、それが自分の半分の歳にも満たぬ後輩学生たち千人を相手に激論を飛ばしあう、というのでマスコミにも大きく注目され社会の話題を集めたのがこのほど映画化された『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』というわけです。
ムービーカメラで記録されていた映像はTBSだけが保存する秘蔵のもの。50年を経たとはいえカラーのリアルな映像と思いのほかクリアな音声は当時の熱気、興奮、迫力をリアルにつたえてくれます。
世界同時革命を標榜する全共闘とは全く反りの合わない三島由紀夫との討論、なのに会場は意外にも冷静に両者の主張に耳を傾けます。ミシマはヘルメットにタオルの覆面姿の学生運動のいでたちを大掃除のお手伝いと揶揄するなど、時としてユーモアも交え、しかし真剣に語り、学生たちのどんな質問にもまるで自論を納得させ、味方につけるべく説得しているかのような丁寧な発言。
両者の討論は決して相手をののしったり、どこかの巨匠みたいに「ばかやろー」などと叫んだりはせず、極めて紳士的に行われているところに好感が持てます。合間には互いのショート・ピースを譲りあったり、論客に火を分けてやったりといったほのぼのした雰囲気も。
討論の俎上に上がったのは闘争の是非論などと言った具体的なものよりも観念的なこと、哲学的な言葉の定義づけと言った抽象論の方が多く、ちょっと聞いた限りではなかなか理解しづらい部分もありますが、映画ではその場に居合わせた学生本人、司会役の学生、取材したTBS、新潮社、平凡パンチの記者らに加えて、当時まだ生まれていなかった作家・平野啓一郎やミシマ本人と交友のあった瀬戸内寂聴らが、シーンごとにそこで語られている内容をわかりやすく解説し、背景を解き明かしています。話の本筋が理解できなかったとしてもこれらの解説を聞くうち、そうだったのか!と膝を打ちたくなる、合点が行くポイントがきっとあります。
1970年11月、ミリタリールックに身を包んだ軍事組織「盾の会」が自衛隊敷地内で起こした事件は日本中を震撼させました。三大紙の中には一面の白黒写真に凄惨な現場写真を掲載して物議をかもしたことでも有名になりました。
もし、あの衝撃的な事件を起こさず、その後もミシマが作品を発表していたら日本の文化は、思想は今とは違ったものになっていたでしょうか?人気作家は自分が年老いてゆくことをどのように納得、理解したでしょう?或いはそれは許し難ことだったのか?今となっては知るすべもありません。
ただ、映画を観てあの頃の若者たちがどんなことに情熱を傾け、何が許せなかったのか?その後の彼らが会社人間となって私たちの上司となり、後輩たちを叱咤激励してくれたバックグラウンドをほんのちょっと垣間見たような気が、私はしました。