2019年10月04日
柿の種から
ゴーン体制に決別し、次期CEOの人選が進む日産自動車。その歴史遺産を秘蔵するヘリテイジコレクションを見に行ってきました。(要予約)
今月末には東京モーターショーも開幕、ここはひとつ80年余の歴史を振り返って、日産の歩んだ日本とその時代を振り返ってみることにします。
柿の種
と呼ばれたブルーバード310系、由来はその小さなテールランプの形から。ダットサン110,210の次世代モデルとして生まれ、ブルーバードと呼ばれたのはこの世代から。時はあたかも皇太子ご成婚の頃。ようやく家庭にもテレビ受像機の普及の兆しが見えた頃です。でも、自家用車はまだまだ高根の花。個人商店主が乗り回すダットサントラックが羨ましくもあった時代
このクルマが後々フェアレディ1500やシルビア、DASUNトラックの土台となるのだから日産にとって外せない歴史的なモデルです。この当時にしかなかった特別仕様=ファンシーデラックスも稀有な存在、スズキアルト麻美スペシャルよりも遥か昔に女性専用仕様車を設えていた。っクリーム色のステアリング、バニティミラー付きのサンバイザーは言うに及ばず、一輪挿しとかハイヒール用スタンドなど今は見られない特別装備。まだまだマイカーが庶民のものではなかった時代、このクルマは富裕層のご婦人しか狙っていなかった。ゆえに現存する台数もほんのわずかです。
ブルーバードがモデルチェンジした後も柿の種のタネは新型フェアレディの骨格として生き残り、セドリック用の1500エンジンを積んだSP310からフェアレディの快進撃が始まります。1600ツインキャブエンジンはシルビアブルーバード・セダンにも搭載され、SSS(スーパースポーツセダン)という付加価値を生み出しました。ファンシーデラックスからSSS迄これほど守備範囲の広かった車種も画期的でした。
最後にブルーバードとして発表されたのは95年のU14系、マキシマやシルフィもブルーバードから派生したと考えると今に息づく日産の本流といいえるでしょうか