2015年04月17日

さよならモロッコ

 キンキンこと愛川欽也さんほど幅広い年代に人気を得た放送人もまた、珍しいのではないでしょうか.そもそもは俳優座養成所出身の役者として、そして声優としても人気を不動のものとされていましたが、我々世代には何と言っても(深夜放送)水曜パック(イン・ミュージック;TBS)のキンキンとして、お馴染みの存在でした。(オープニングのドラムスBGMはご本人の演奏だったとか)少し下の世代なら「おはよう子供ショー」に出て来るロバくんの声(と着ぐるみの中味も)と云えばピンと来るでしょうか?
 その昔は進駐軍(GHQ)が接収していたアーニーパイル劇場でも活躍され、のちに海外ドラマのアフレコでブレイクするんですが、やはり映画人としての血が騒いだのか、テレビ。ラジオのレギュラー番組を抱える忙しいさなかに「さよならモロッコ」という自主制作映画を初監督します。決してメジャーな路線に乗ることはありませんでしたが、後にトラック野郎シリーズを発案・企画、出演して大ヒットしたのはこの経験がベースになっていたのかも知れません.
 俳優としても永年テレビドラマシリーズで刑事役を演じていましたが、クイズ/バラエティー番組の司会者としての顔以外にもジャーナリスティックな番組づくりを終生続けていたこともまた見逃せません。

 そしてもうひとつの側面は愛妻家の顔。

 60年代、子供向け番組「ロンパールーム」の人気司会者だったうつみ宮土理さんを共演者に熱望し、実現したのがユニークな音楽番組=キンキンケロンパ歌謡曲(現・テレビ東京)でした。この二人は後に結婚しますが、キンキンは既に妻帯者・・・・子供二人も成人を迎えようとしていました。キンキンは当時の妻に正直にみどりさんへの愛を告白し、奥さんもまた二つ返事でこれを了解、さっさと引っ越しの準備を済ませてしまいす。だから,ケンカ別れでも略奪愛でもなく,円満に離別/再婚しています。「よく出来た女房だ」と放送で別れた奥さんのことをベタ褒めしていたのは他ならぬキンキン本人でした。

 地上波民放局の人気番組に出演して人気を博した反面、衛星放送を通じて硬派なジャーナリストとしての一面も覗かせていたことも忘れてはなりません。朝日ニュースターのなかでもトップクラスの人気を誇っていたパックインジャーナルが局の売却で打ち切りが決まった後も,キンキンは自ら有料放送局を立ち上げて自前の放送で番組を続けます。近年この放送も終焉を迎えましたが、番組を支えていた有志らが現在も新たに「デモクラTV」を立ち上げて,その精神を引き継いでいます。

 映画人として,放送人として、そして愛妻家としても本当に多方面に渡って活躍して来られた愛川欣也さん
もう、これだけオールラウンドに活躍できる芸能人は現れて来ないかも知れません。

18日、うつみ宮土理さんから関係者あてにメッセージが公表されたので付け加えておきます。


「このたびは愛川の強い意向で、ご心配してくださった皆様に病状を明かせなかったこと、深くおわび申し上げます。愛川は最期まで仕事に復帰するつもりで頑張っており、皆様に公表することをかたくなにお断りするよう申しておりました。ですが、そんな頑固なところも愛川らしい一面ですので、どうかお許しください」

「愛川は本当に仕事大好き人間でした。『さあ仕事しよう』と最期まで愛川はうわ言でも申しておりました。脚本を書くこと、演出すること、司会すること、そして演じること、が彼の人生でした。いつも支えてくださった関係者の皆様、ファンの皆様、誠に有難うございました」

「最後に。キンキン、よく頑張ったね。いろいろ楽しかったね。本当に本当にありがとう」

亡くなられる前日もニュースルームで健康を案じる話題が出たばかりだったというのに・・・・・

謹んで心よりごの冥福とご家族のご健康をお祈り申し上げます。

| 17:50 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

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