2014年10月31日
昭和の名車・三菱ミニカ’70/ミニカ・スキッパー
ハロウィンもいよいよ今夜あたり、この界隈で頂点を迎えますが、パンプキンカラー(オレンジ)が乗用車のボディーカラーとして脚光を浴びた時代がありました。いすゞのベレットGTーRや、カローラ・スプリンターSRなどにも波及してこの時代の流行色になりました。そのきっかけのひとつは1969年のブルーバードクーペに採用されたサファリオレンジという土気色、サファリラリー総合優勝のニュースとあいまってスポーツイメージを反映したカラーとして認識されたようでした。
同じく昭和40年代半ばは軽自動車の最初の黄金時代だったと云えるでしょう。=ミニカ・スキッパー/1971〜
乗用車に占める軽のシェアが25%をオーバーし、今に繋がる軽自動車ブームもここが成長期。火付け役は31万円で31馬力を入手できるホンダN360の存在でした。
それまでは40万円近い価格で25馬力あたりがせいぜい。ホンダはここに風穴を空けた価格破壊的な存在で、軽自動車の馬力競争をリードし、リッター当たり100馬力を上回る過激なエンジンがいくつも登場しました。
エンジンだけでなくボディも平凡な2ボックスから脱皮して、お洒落なクーペボディを纏うようになり、デートカーの仲間入りを目指していたのがこの時代。三菱ミニカもそれまでの実用一点張りから、ギャランGTOにならった、ファストバック・カムテールデザインを大胆に採用します。
後方視界を補う狙いで設けられたウィンドウも、今ではプリウスでお馴染みに。ルーツは意外にもこんなところに潜んでいたのでありました
四年後のセレステではクォーターピラーのエアアウトレットに見せたルーバーから後方を確認できるウィンドウを新設、デザインと機能を巧みに組み合わせようとしていた70年代ならではのアイデアでした。
屋根からテールに連なるなだらかなラインはいつの時代もデザイナーの技量が問われる難所。この時代はカローラのセミファストバックに始まって、チェリークーペのプレーンバックに至るまで様々なトライが街中に溢れたのも懐かしき思い出です