2014年08月20日
昭和な名車・いすゞ117クーペ
イタリアの人気自動車デザイナーGiorgetto Giugiaro ジョルジュエット・ジウジアーロの代表作がいすゞの117クーペ(1968〜81)コードナンバーがそのまま車名になった、日本車には珍しいケースで.117セダンと銘打たれたクルマはのちのいすゞフローリアンとなりました。いすゞの新型乗用車開発はこれを最後に10年あまりの空白が続きます。
このクルマも採算度外視の少量生産、生産ラインのコンベアーに乗ったのは数年後のことで、初期には飛行機やロールスロイスのように一台づつ組上げられていました.よって価格も170万円以上と当時の人気車種ベレットGTの軽く二倍はしたものです。
ジウジアーロのデザインはほかにもアルファロメオのオシャレなクーペやスズキのフロンテクーペ(原案)VWゴルフ、日産の初代マーチなど,時代を先取りしたフレッシュでエッジの効いた,完成度の高いデザインが好評です。とりわけこのようなクーペモデルの場合、居住空間を維持しながら大人四人が窮屈な思いをすること無く,美しいクーペスタイルと両立させている辺りはほかのデザイナーにはマネの出来ない匠の業でした。
117クーペは10年経ってもその生存率の高さが注目され、晩年にはオイルショックの余波を受けてディーゼルエンジン搭載車まで現れるに至りましたが、それだけ永い時代を生き抜いた希有なクルマと云えるでしょう。例えば同じ68年に登場したハコスカこと愛のスカイライン(C10系)はケンメリ、ジャパンと三世代も生まれ変わっています。81年に実質的な後継車ピアッツア(これもジウジアーロ作)に世代交代した頃,スカイラインはニューマンスカイライン(R30系)にバトンタッチしています。
マツダコスモ、トヨタ2000GTとほぼ同時期にデビューしながら2度にわたるオイルショックを乗り越え80年代まで生き長らえた完成度の高いデザインは今見ても少しも古めかしさを感じないところが、また秀逸です。そんなロングライフのクルマが造れたのに,このあと20年程でいすゞが乗用車造りから完全撤退してしまったことが惜しまれます。