2014年02月22日

1984春&2014春

 去年の連続ドラマの効果で一躍人気急上昇の三陸鉄道、いよいよこの春に南リアス線も全通して100%復旧開業の運びとなりました。が・・・・残念ながら両者に挟まれたJR山田線は、復旧のメドすらついていない状況です。
 三陸海岸を南北に縦貫する鉄道の計画は元々国鉄時代から脈々と受け継がれました。半官半民の第三セクターが経営する形で岩手県・久慈市と大船渡/陸前高田・気仙沼地方を結ぶ縦貫鉄道が完成したのがちょうど30年前の春。当時、大船渡高校のセンバツでの予想外の快進撃も(地元で)大きなニュースとなりました。
 しかし、震災の大津波に寸断され、復旧工事がようやく完成したのは三陸鉄道の部分だけ。釜石〜宮古間を結ぶJR山田線の復旧が進まないと元通りとは云えません。

 遅々として復旧の進まない山田線について、JR側から無償譲渡のプランが持ち上がっています。線路、施設を復旧した上で、無償でこれを提供することや運転再開に伴って生じる赤字額の10年分、5億円を一時金として補てんすることなどを11日、正式に示しました。避けられそうにない赤字経営を自治体側に委ねようと云う考えです。自治体側も鉄道再建は望んでいるので、決して実現出来ないプランではないと思います。もしもこれが実現したら、南も北も無く本当の意味での三陸縦貫鉄道が実現します。釜石・宮古間という、とりわけ移動量の多い区間を含むだけに経営面での大幅な改善も期待できそうです。乗り換え無しに三陸沿岸を南北に走れる・・・・地元住民だけでなく観光客にとっても大きな夢の実現となりそうです。

 さて、山田線から枝分かれするローカル支線に岩泉線があります。いや、ありましたと云うのが正確なところ。震災の前から土砂崩れを理由に全面運休が続き、そのまま廃線が決定してしまった隠れ人気路線でした。旧国鉄タイプのキハ52が活躍した線区としても有名でしたが、復旧に必要な工事費が膨大なため、並行道路の整備を条件にバス路線に転換を余儀なくされました。その終点、岩泉町に、この春ブルートレインがやって来ます。
.かつて日本海沿線を走った寝台車両、24系客車が3両、列車ホテルとしてやって来ます。この時点で奥羽線寝台特急「あけぼの」も定期運用が終っているので東北では希少な寝台車体験が出来ることになります。
 鉄路での岩泉訪問はもう叶いませんが、一晩中車両に触れていられる列車ホテルで過ごす晩も、乗り鉄にはたまらなく魅力的な物件です。

| 13:38 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

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