2012年01月29日

赤バッジ、ことGT-B

にまつわるエピソードを述べよ(記述式)

JCCA2012ニューイヤーミーティングにて

解答例
第一回の日本グランプリで好成績を挙げた他社が営業成績を伸ばす中
起死回生を図った当時のプリンス自動車が送り込んだ刺客が
最強のG6エンジン+小型のスカイラインボディーの組み合せ
必勝作戦に見えたこの企画も思わぬ黒船、ポルシェの前には
歯が立たなかった。このことが翌年以降の本格的なレーシングプロトタイプ
スポーツカー、R380シリーズの開発に繋がる。この赤バッジのクルマの
後継車はそのツインカム4バルブエンジンを受け継いだ、言わずもがなの
初代GTーRだった。
もし、GTーBが予定通り初勝利をおさめていたら、
三度目の日本グランプリの覇者はどんなクルマだったのか?
今に繋がる赤バッジの伝説は生まれていただろうか?
一度は接戦を演じながらも優勝出来なかったことが後の大きな語りぐさに、
そして高度成長期の日本を代表する
レーシングカー誕生に繋がったと云う点で偉大なる
GTーRの母体、原点と見なすこともできるのだ。

問題2

英国車と云えばブリティッシュグリーン
ドイツ車ならジャーマンシルバー
フランス車はゴロワーズブルー
日本車は白地に日の丸
と云うのが定番のレーシングカラー

では、このクルマの国籍は・・・・?

フェラーリレッドの様に見えるこの英国車は
ロータスエリート.日本で生息しているモノは
ごく僅かでおまけに赤となると激レア物件のはず
車体は床から天井まで強化プラスチック製という
当時の意欲作.ボーイング787並みの冒険を
半世紀以上昔に実現していたからオドロキ!です

問題3

以下にあげるTE27のうち
発売時期が異なるもの、販売系列が異なるものを
一台づつ示せ


四半世紀を経てなお人気のバチロク
そのルーツは1200クラスの車体に
2T−Gユニットを押し込んだ初代
GT−Rが2ドアに生まれ変わった翌年
こうしたスパルタンなグレードが
一世を風靡するようになった
キャップレスホイールの流行も
ここから。再び過剰装備気味の
現代からは思いもよらない意匠だった

解答例

最上段のトレノのみが現在で云うネッツ店系列の販売
車名は今は無きスプリンタートレノ
二段目のレビンは発売当初の世代.カローラ20系としては
最初のマイナーチェンジでグリルの意匠が変更となったあと。
二度目の手直しで最下段の意匠に変更となり、同時期に
スプリンターも整形手術に成功する(最上段)

| 16:30 | コメント(2) | カテゴリー:吉田雅彦

コメント

「先生!判りません・・・」
「同い年のKAWAノリさん、お願いします。」(失礼しました・・・)

投稿者 ちなみん : 2012年1月30日 09:37

せっかくご指名をいただきましたが、スミマセン、何ひとつわかりませんでした。当時はレビンが町中をたくさん走っていた記憶だけはあります。ロータスに至っては「サーキットの狼」で「ヨーロッパ」を認識したのが最初でしたし、プリンス時代の「スカイライン」もほとんど存じ上げないのが正直なところです。「先生!!ごめんなさい!ボクもわかりませんっ!!」

投稿者 KAWAノリ : 2012年2月 3日 00:32

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