2011年01月17日

『阪急電車」の歩き方

阪神競馬場で有名な仁川(にがわ)の駅を競馬場とは反対方向におりると
仁川の急な傾斜に沿って2㌔と進まぬうちに行き止まり。このあたりが
阪神淡路大震災で大きな地滑り被害を出した兵庫県西宮市百合野町です

DSCF6175.jpg
震災直後の現場中継地点は何箇所かありましたが
よく耳にしたのがここ西宮市百合野町の土砂崩れ現場。一瞬のうちに30名以上の人名が奪われました。浄水場ののり面が崩れて、すぐ下の住宅地に襲い掛かりました。阪神競馬場からも遠くない、仁川という小さな川の上流部。

現在の災害現場はこのように資料館が建っています。
崩れたのり面も元の場所に。Dscf6206見たところそんなに急傾斜地でもないのに・・・・・道路ひとつ隔てた隣家は難を逃れています。
運命を分けたものは何だったのか、どうしてこの場所だけが
あの震災で多くの犠牲者を出してしまったのか?
そんな疑問を抱きながら・・・

ここでおきた地すべりに関する資料館がありました。現場の地形を模型化したジオラマや航空写真と地形図,それに当時の写真や新聞記事が展示されています。ここを流れる仁川周辺は,白金の様なオシャレな高級住宅地。実は東海道線の走るルートは明治の頃の海岸線、それより昔,室町時代はこのすぐ近くまでが海、だったのだそうです。陸地としての歴史が浅い土地ほど液状化の被害が深刻だったというお話も伺いました。山と海に挟まれた神戸~西宮,昔海だったのはポートピアや六甲アイランドばかりでなく,甲子園球場も阪神高速の倒壊現場も,ほんの一世紀前までは海だった・・・・あらためて知らされる事実に驚愕です。

Dscf6202(右に阪神競馬場、
左の茶色が被災現場。仁川沿いに歩いて30分の距離です)


西宮、芦屋と聞くと急坂、がけは当たり前の印象を持ちますが、現場の傾斜はせいぜい10度無いし20度。ここに乗った粘土質の土砂が表層雪崩のように滑り落ち、直下の住宅地を直撃。というのがこの災害の実態でした。勿論現在の現場はあらゆる手段が講じられてあのような悲劇を繰り返さない方法がとられてはいるものの、最初からこうした危険を予知して対策が講じられていれば・・・・
事故のたびに繰り返されるフレーズではありますが。

| 05:57 | コメント(1) | カテゴリー:吉田雅彦

コメント

仁川と言えば、阪急の直通準急や、臨時列車が想い出されます。
書きながら、「あ、なるほど、競馬対応だったのか!」とピンと来ますが、小学生時代、日曜、西宮北口や以遠に行く際仁川行きに遭遇、「なぜ限定で臨時が・・!???」と思ったものです。
西宮北口と言えば、やはり、'84年までのダイヤモンドクロスです。
自分にとっては、成人する前後までの大切な思い出の詰まった地(今も妹撮影・25年前;ダイヤモンドクロス解消後の西宮北口~六甲で撮影した写真は、大切にしています)だけに、景観だけでなく、尊い人命も失わえてしまった事は本当に残念でなりません・・・
防ぎようのない天災、ではなく、予防が可能、という事であったのなら・・・

投稿者 ちなみん : 2011年2月 1日 16:31

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