2009年08月31日
トニー・ザイラーをご存知ですか?
日本のスキー場にその名を残す
トニー・ザイラーさんが先日亡くなりました。
73歳でした。
トニー・ザイラーといっても若い人には馴染みが
ないかも知れません。
今から53年前の1956年、イタリアの
コルティナダンペッツォで開催された冬季五輪で
アルペンの回転、大回転、滑降の3種目で
金メダルを獲得し、史上初のアルペン3冠に輝いた
オーストリアの天才スキーヤーです。
彼にはスキーのほかにもう一つ才能が
ありました。
映画スターとして、また歌手としての才能です。
現役を引退したあと、トニー・ザイラーは銀幕の
スターになりました。
1958年の「ザイラーの初恋物語」、同じく58年の
「黒い稲妻」、そして、日本でも大ヒットした
1959年の「白銀は招くよ!」で一躍スターダムに
躍り出ました。
原題は「12人の美女と1人の男」と言ったところ
でしょうか。
その名の通り、12人の美女とザイラーが織りなす
ラブコメディーです。
この「白銀は招くよ!」ではザイラーが歌う主題曲も
大ヒットし、日本では日本語の歌詞が付けられて
今でも広く愛唱歌として親しまれています。
当時、この曲はウインターシーズンの幕開けを告げる
テーマソングとして、冬になると必ずと言っていいほど
ラジオから流れ、この曲を聴くと「ああ!スキーシーズンの
開幕だ!!!」と感じたものです。
この映画の影響で私は高校時代の3年間スキーに
興じました。
今でもウインターシーズンになるとさすがに、スキーには
行きませんが、「白銀は招くよ!」のLDを再生して
映画の魅力にはまります。
テーマ曲をバックに天才的なスキーテクニックを見せる
ザイラーの躍動感溢れる姿は何回見ても飽きません。
その後、ザイラーは「銀嶺の王者」に出演し、日本の
女優の鰐淵晴子さんと共演しました。
この映画の製作で来日したザイラーは一躍時の人となり、
ニュース映画やテレビ番組にも出演し、その名を日本中に
広めました。
1961年の「白銀に躍る」では、当時、女子フィギュア界の
スターだったあのイナ・バウアーとも共演しています。
日本での映画撮影をきっかけに、CM出演やスキーイベントの
仕事をするようになったザイラーは、スキー場のコース設計を
するようになります。
ザイラーが設計したスキーコースはザイラーバレースキー場
などの名で親しまれました。
(今は名前が変わっているようですが・・・・)
晩年はスキー学校などを経営し、静かな余生を送って
いましたが、数年前からがんを患い8月24日に73歳の
生涯をとじました。
ザイラー死すとも名作「白銀は招くよ!」は、その名主題歌と共に
永遠に生き続ける事でしょう。合掌・・・・・