2009年07月19日

「ろうがんず」に入会しました!

「ろうがんず」に入会しました!と言うより
入会させて頂いたと言うべきでしょうか。

何しろ全国から数百通の応募が殺到したと
いうことですから・・・・・

「ろうがんず」って、それ何なの?と思われた方、
ご説明いたします。

「ろうがんず」とは、俳優の石坂浩二さんが
代表幹事(会長)を務めるプラモデル同好会の
名前なんです。

数ヶ月前、模型雑誌で新入会員の募集をしているのを
知り、物は試しと応募しました。

会員の条件は横浜市在住で、老眼の症状が見られること、
プラモデルをこよなく愛すること、月に数個のプラモデルを
購入することなどです。

応募の際に、「私のプラモデル」と題する小文を書いて
送ることも条件でした。

それから数ヵ月後の先日、会の方から突然電話が
ありました。

はじめに電話を取ったのは家内でした。

「はい、・・・・そうですが・・・・・ロウガンズ?・・・・・
少々お待ち下さい」

私もしばらく連絡がなかったので半ば諦めかけていたと言うか、
忘れかけていたので、しばらくは何のことかと思って
いましたが、やがて電話の内容が入会のお知らせと知って
「おお、やった!」と思わず心の中で叫んでしまいました。

家内に事情を説明すると、また西部劇グッズでも買ったのか
と言わんばかりの疑惑の眼差しも消え、入会に賛成して
くれました。
部屋を埋め尽くしたプラモデルの在庫処理ができると内心
思ったのかも知れません。

かくして先日、たまプラーザ駅近くのマンションの一室で
初会合がありました。

新入会員は私も含めて6名だそうで、設立当初のメンバー
7名と合わせて13名の同好会となります。

応募の際、私は職業や所属団体が知れるような事柄には
一切触れていないので、なぜ選ばれたのか謎ですが、
石坂さんは、全国から集まった応募者の小文に目を
通されたそうです。

それにしても縁というのは不思議なものです。
石坂さんがプラモマニアでしかもドイツ機のファンである
ことを知ったのは、今から40年近く前のこと、航空雑誌の
別冊「プラモガイド」のドイツ機特集からでした。

当時、アナウンサーに成り立ての私は、芸能界にも
プラモファンがいるんだ!お近づきになれたらな・・・・・
なんて思ったりしたものです。
それが40年もたって現実になろうとは思いもよりませんでした。

「願えば叶う」って本当なのです!

今後の活動については、また追々ご報告いたします。

| 10:20 | コメント(7) | カテゴリー:田中穂蓄

コメント

田中さん、お疲れさまです。
今日・明日、休日勤務、お疲れさまです!!
田中さん、素晴らしいですね!!
たまプラーザ駅なら、同じ田中さんがニュース勤務の5日後、長津田のお墓参りで通過します。
石坂浩二さんとの40年越しの、待望のご縁…
お話お伺いしている自分もワクワクします!!
奥様の、「プラモデルの在庫整理が出来る…」のお顔には笑ってしまいました…(母もそのタイプでした)
田中さん、続報、心よりお待ちしております!!

投稿者 ちなみん : 2009年7月19日 16:23

まずは「ろうがんず」ご入会、おめでとうございます!
田中さんから直接伺ったときの嬉しそうな笑顔、忘れられません。
電話をうけとったときの奥様のご様子を想像すると…。あー、その場で拝見していたかった!しかし、奥様の「プラモデルの在庫が減るかも」という考えはおそらく覆されることでしょう。だって、入会条件のひとつに「月数個のプラモデルを購入」というのがあるんですよね…?…ますます増えるのでは??
「願えば叶う」いい言葉です。
私もこの言葉を励みに頑張ります!いろいろと。

投稿者 とまる : 2009年7月20日 20:42

ちなみんさん、ありがとうございます。
「ろうがんず」は、高度な技術レベルが要求されるいまのプラモ作りから解放されて、もっと気軽に楽しむことのできるプラモ作りを目指そうと結成されたものです。
と言っても、皆さん相当なレベルなのでついていくのが
大変のようですが、頑張っていきたいと思います。

投稿者 ホヅミ : 2009年7月21日 11:32

とまるさん、ありがとうございます。
そうなんですよね!会の目的の一つにプラモ業界の発展
に寄与するというのがありますので、在庫処理はあっても新規購入分が上回ると悲劇ですよね!
これ家内には内緒なんです・・・・・・

投稿者 ホヅミ : 2009年7月21日 13:39

ろうがんずは横浜市在住なんでか…。
私は都内在住なので、ダメですねぇ。
残念です。

プラモデルは小学生から大学生まで作っておりました。
タミヤのミリタリーミニチュアが好きで、ドイツ軍のカッコよさに惹かれて、ドイツ語を勉強して、大学を休学にして当時の西ドイツのに大使館に嘱託で勤務しました。

当時はボンが首都で、休日にライン川沿いにドライブして、レマゲン鉄橋跡地やコブレンツの軍事博物館に何度か行きました。

そこには、大好きな1/1の四号戦車やパンター、88mm砲があり、その前でタミヤの人形と同じ格好をして写真を撮ったのは言うわでもありません。

内緒ですが、館内には誰も居なかったので、四号戦車の砲塔によじ登り、ハッチ(「作る前にお読み下さい。」のおじさんが顔出すところです。)をあけたら、白塗りのハンドルをクルクルま回すと砲塔が旋回したので、慌てて元に戻した事を今でも鮮明に覚えています。

西ドイツ勤務になってしまたので、その頃からプラモデルからは離れてしまいました。
当時MGCの金属モデルガンが西ドイツでは黒いまま買えたので、嬉しかったのを覚えています。

幼少のころから車好きでしたので、任期が終わって学校に戻って、広島の某自動車メーカーに就職して、海外部門で勤務しておりました。
広島では合唱やオペラとも出会い、掛け持ちでオペラに出演するなどの多忙な日々を過ごしておりました。

希望退職で東京に戻ってからは、個人事業主らしきもので糊口をしのいでおりました。
その後、派遣社員などしながらイタリア人のマエストロの下でオペラ歌手の勉強をしておりました。

そうしましたら、今年の3月に脳内出血を起こしてしまいました。
先天的な血管の奇形があるため、手術が必要とのことで手術を受ける事になり、7月に手術を受けましたら、後遺症が出て、リハビリをすることになりした。

そして、作業療法で病院の先生が買ってこられたのが、
タミヤの1/48のマーダーIIIでした。

2年くらい前から老眼が始まり、また、1/35よりも小さい部品と格闘しながらルーペを使って26年振りにプラモデルを作る事になってしまいました。

「プラモデルは作業療法としては常套手段ですよ。」とリハビリの先生から聞いてビックリしました。
子供の頃から親から、「プラモデルばっかり作って!」と叱られていましたが、「え、プ、、プラモデル作っていいの?」と少年時代に帰った様に、ニヤニヤしながら病院で作っておりました。

お蔭様で、脳の方は快復しつつありますが、五十肩になってしまい、現在は8月末に退院してから療養生活を送りながら、1/35の二号戦車(ポーランド戦線)に取り組んでいます。

それにしても26年前とは違って、メーカーも、工具も格段に増えてビックリしています。

工具やら塗料やら資料などを揃えるのに、プラモデル屋さんのある下北沢と吉祥寺と荻窪と新橋を行ったりきたりして、結構歩くので運動療法にもなっていると思います。
ようやく、色々調ってきたので、私も在庫整理に掛かりたいと思います。

それにしても、杉並区に住んでて良かったのは、病院にも、プラモデル屋さん行くのが非常に便利であったという事です。

昔は、「神様、仏様、稲尾様」と言われたそうでうが、私には、「神様、仏様、タミヤ様」です。

手先を動かすプラモデルはボケ防止にも絶対に良いと思います。
ウチのマエストロのように、音楽家がいつまでも高齢でも活躍できるのも、譜面を見てピアノを弾くのと同じです。

長くなってしまいましたが、私はタミヤのプラモデルによって、
人生を2回も引き上げて頂いたので、これからもプラモデルつくりを続けてゆきたいと思います。

石坂さんが仰っている言うように、プラモデルが王道の趣味として
認知されて行かれることを祈念して止みません。

投稿者 アマデウス伯爵 : 2009年10月22日 14:59

アマデウス伯爵さん、ありがとうございます。
昨年10月にご投稿いただきながら、今日まで不覚にも気付かずにおりました。大変、申し訳ありません。
後遺症の回復に向けてプラモデルで頑張っていらっしゃる姿を想像させていただくだけで、胸や目頭が熱くなり頭が下がる思いがいたします。
ドイツがお好きで大学を休学されてまで西ドイツ大使館に勤務されるとは、凄いことですね!
実は、私の弟もドイツが好きで現在、ドイツの電子部品
メーカーの日本法人の社長をしております。
弟は模型はやりませんが、私同様、釣りが好きでよく2人でフライフィッシングを楽しんでいます。
それから、広島で音楽活動をされていた事があるとの事ですが、私の家内も広島出身でソプラノ歌手をしております。
名前は藤田真弓といい、現在も広島で演奏活動をしています。
毎年11月には、家内の主宰する「さくら会」のコンサートを行なっており、私も司会を手伝っています。
それにしても、ブログというのは過去のものもこまめにチェックしないといけないものなのですね!
こんなに素晴らしい書き込みがあるのですから・・・・
寒さも一段と厳しさを増していますが、是非、ご自愛なさってプラモデルとの素晴らしい人生を歩んでいただきたいと思います。
私も頑張ります!

投稿者 ホヅミ : 2010年1月16日 11:25

「ろうがんず」ご入会おめでとうございます。
だいぶ時間がたっておりますがすいません。
たまたま思い出したように開いたら「ろううがんず」の文字が目に入って来て、最後まで読ませていただきました。 
50代後半の凡人ですが、模型歴は長く小学生高学年時代から飛行機を中心に作っておりました。
当時は、知識、技術もなくただ組み立てるだけでした。
中学生ぐらいから塗装もするようになりましたが、筆塗りのむらだらけのレベルでした。
年を重ね、知識、技術、工具とレベルアップしましたが、こだわりも強くなり未完成作品が続いております。
自分の納得いくレベルまで作り上げる事が出来なくて
長い間中断しておりました。            最近また作り始めましたが、完成品をみる事ができず、未完成品の箱が積み重なっております。
知識だけは豊富になりましたが、技術が向上しません。
加えて老眼と来て、悲観的な現状でありますが、「ろうがんず」のように気楽に取組めたらと思う今日この頃であります。
ぜひ、会の近況などを教えてください。
大人の趣味としての模型作りが、盛り上がることを願っております、

投稿者 スカイクルーザー : 2010年2月10日 12:18

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