2008年01月20日

私のラジオデイズ24

DJアルバイト時代の続編として、
当時の音楽シーンを振り返ってみたいと思います。

1960年代は、ビートルズとヴェンチャーズに代表される
まさにグループサウンズの時代の始まりでありました。
それまでのアメリカン・ポピュラーミュージック・サウンドは
すっかり影の薄い存在となっています。

ちなみに、1965年の文化放送「9500万人の
ポピュラーリクエスト」のランキングを見てみますと・・・・

1位  ヘルプ     ビートルズ
2位  ロックン・ロール・ミュージック     ビートルズ
3位  ダイナマイト     クリフ・リチャード
4位  夢みるシャンソン人形     フランス・ギャル
5位  涙の乗車券     ビートルズ
6位  10番街の殺人     ヴェンチャーズ
7位  太陽を探せ     デル・シャノン
8位  オン・ザ・ビーチ     クリフ・リチャード
9位  涙くんさようなら     ジョニー・ティロットソン
10位 キャラバン     ヴェンチャーズ

と、こんな具合で、ビートルズが3曲、ヴェンチャーズが
2曲それぞれランクインしており、11位以下も
この2つのグループの曲が数曲入っています。

この後、怒涛のごとく出現するグループサウンズの
勢いに押され、ソロシンガーの活躍の場は極端に
狭まっていきました。
それでも、エルビス・プレスリーやトム・ジョーンズなど
ベテラン勢は頑張ってはおりましたが・・・・・

ポピュラーミュージックがアメリカ一辺倒から
イギリスやその他の国にシフトした時代、
それが1960年代でした。
ビートルズの存在がいかに大きかったかは
いうまでもありません。

当時、ビートルズの熱狂振りを伝えるNHKニュースを
見たことがあります。
「イギリスでいま、4人の若者が熱狂的な人気となっています。
マッシュルームヘアーと呼ばれる髪を振り乱し、
エレキギターを演奏するその姿に、大人たちは眉をひそめます」
そんな内容だったと思います。

それが瞬く間に世界を席巻した、新しい音楽の始まりだったことを
当時は知る由もありませんでした。

| 10:38 | コメント(1) | カテゴリー:田中穂蓄

コメント

田中さん、お疲れさまです~♪
自分の父は、洋楽・洋画好きで、FM大阪を聴いていた時期もあり(大きなラジカセもありましたし、29年前は自分でステレオを組み立てた事も・・・)
ところが、どの曲も、懐かしさがこみ上げて来ないと言う事は、両親は聞いていなかったと言う事でしょうか・・・
43年前の1/31、両親は自分が生まれ育った家に引っ越しましたが、その時母は、自分を身籠っていました・・・(自分は10/20生まれですから、当然なのですが・・・)
母は、同じ年の美空ひばりさんの大ファンで、歌番組もあまり見ませんでしたが、ひばりさんの曲だけは鼻歌を歌っていました・・・
そんな訳で、母を見送る時は、ひばりさんの曲で旅立ってもらいました・・・(自分たっての希望で)

投稿者 ちなみん : 2008年1月20日 15:28

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