2017年10月03日

10(月)3(日)惜別の日

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東京では姿を消して久しい国鉄型103系通勤電車。今日10月3日の記念日、大阪環状線でさよなら運転を最後に大都市でのお役目を終えました。

戦後国鉄電車の基本形となったモハ90系電車、後の101系ですが、首都圏の通勤電車をチョコレート色一色からカラフルに塗り替えたことでも印象の強い電車でした。103系はそのマイナーチェンジ版、といっても素人にはほぼ同一に見えます。首都圏でも10年くらい前までは常磐線や武蔵野線、京葉線で見かけたものでした。

写真の顔は大阪で更新修繕工事を受けた最新型バージョン。現代の地下鉄車両などと比べても遜色ない仕様でした。高校時代、この高運転台の103系山手線に遭遇するとちょっと得した気分でした。なぜならこのシリーズから冷房が標準装備されるようになり、真夏の炎天下でも涼しい顔で通学できたから・・・・他の車両では望むべくも無いありがたい顔でした。

学校の帰り道C組のマドンナに恐る恐る声をかけたのもこの形の山手線、他にも同じクラスのミッちゃんとか帰り道をご一緒した女子は・・・・・(大体・数えられる人数です)

ほぼ生まれた頃から走り続けてきた103系、首都圏で見かけなくなっても関西で再会すると堪らなく懐かしさがこみ上げたものでしたが、それも今日でおしまい。あとは広島まで足を伸ばすか、和歌山線まで遠征するか・・・・

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それにしても半世紀以上も大都会で活躍を続けた名作103系、昨年末大阪で見かけたのが最期の雄姿となりました。本当に良く頑張ったねえ・・・・・私はまだ働き続けるけど・・・・・

| 21:36 | コメント(3) | カテゴリー:吉田雅彦

コメント

子供の頃、大阪府豊中市に住んでいました。
豊中市内は国鉄(現JR)の線路が通っておらず、生活圏が狭い子供にとって電車といえば阪急電車か北大阪急行電鉄ぐらいのもの。
たまに乗る103系は佇まいや内部のつくり、走行音が阪急などとは全く異なり、とても新鮮であったことを覚えています。また、東京でも同じ103系が走っている姿を見て、子供心に国鉄のスケールの大きさを感じました。
あれから40年・・・遂に引退の時が来てしまいましたね。大阪の庶民的な町(じゃりン子チエの世界!?)に103系は良く似合っていただけに、寂しさもひとしおです。諸行無常・・・

投稿者 R.S : 2017年10月 9日 23:16

サンダーバードの絵葉書欲しさに通った岡町の駄菓子屋、行きつけの模型屋があった豊中駅と共にマルーン一色の阪急3000系は今でも脳裏にしっかりと焼き付いています。

東京に来てカラフルな103系が大都会の足となっている姿に驚きましたが、無機質な平面顏はなかなか好きになれず、出目金顏の113・153系の方に好感を持つ様になりました。

高運転台が先に姿を消してしまうのは残念ですが、京都駅ではまだ山手線のウグイス色にお目に掛かれるようですし、和歌山線の貫通扉顏がまだ元気なのが嬉しいですね。

投稿者 吉田雅彦 : 2017年10月10日 05:31

ご返信までいただき光栄です。
私も幼少期は阪急岡町駅界隈に、青春時代は北大阪急行桃山台駅近くに住んでおりました。
結構お近くだったようですね。
昔も今も関西で阪急電車といえば別格の存在。新型車両がデビューするたびに、その豪華さと上質感に思わず溜息が出てしまいます。
一方で古参の3000系や5000系もリニューアルされて、今も元気に活躍しているのは誠に頼もしい限りです。
古い車両を極力使い続けるあたり、JRの103系と同様、いかにも関西らしいですね。

追伸:サンダーバードは私も大好きでした。レーザーディスク版を今でも持っております。しかしプレーヤーが入手困難なため、残念ながら宝の持ち腐れです(苦笑)。

投稿者 R.S : 2017年10月13日 23:58

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