2019年11月06日

モーターショーの副産物

東京モーターショウも成功裏に終了・・再び日産のヘリテージコレクションの話題です。

レーシングドライバー・近藤真彦が日産マーチの宣伝に尽力したのは、クルマ好きで知られる彼が「車だけが走るサーキットなら」と、事務所からレース走行を認められたことに始まります。

Img_6402 初めは芸能人のお遊びとしてしか認識されなかったのが、メキメキ上達を遂げてF3ドライバー、F3000とステップ・アップ。95年には日産ワークスの一員としてGT-Rでルマン24時間レースを走破しています。

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そんなマーチから生まれたのがパイク・カーという社会現象・・・・・。モーターショーに出品される参考出品車と言えばフツーは未来のデザインを先取りしたようなスタイルと絵に描いたような性能が通り相場。でも85年のモーターショーに出品されたデザイナーのお遊び「Be-1」がメーカーも予期せぬ大好評に。

2万台限定で生産が決まるとたちまち売切れ、新古車登録された「中古車」の方が新車より高値で取引されるという社会現象は何度もニュースネタに取り上げられたもものです。

4年後のフィガロも同じくマーチから派生したパイクカー企画、相棒をはじめドラマ、映画の小道具としてもいまだに人気の存在です。

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商用車のエスカルゴに至っては期間限定の受注という形で5万台以上が市場に出回りました。これ以降、パイク・カーはカタログモデルに昇格し、一回り大きなラシーンがその伝統を受け継ぎました。パソコン通信やインターネットの専用サイトをPRに活用していたこともこの時期には画期的な前進でした。

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モーターショーの出品車に限りなく近いイメージでデビューしたのが2代目以降のCUBE、残念なことにこの秋で生産終了とアナウンスされています。 乗り込んでみると圧倒的な幅の広さにこれが5ナンバーなのかと疑ってしまいます。電気で走るならこっちのデザインが良かった?

ユニークな車づくり、パイクカーという新ジャンルはトヨタも後を追うこととなり,WiLLブランドと言う社内ベンチャーにまで発展したものでした。モーターショーの評判を見て市販化を決める・・・・そんな企画が通ったのも古き良き時代のエピソードです。

マッチのマーチは貴女の街にマッチする・・・・こんなキャッチコピーは2度と現れないかもしれません。

| 17:40 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦


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