2010年08月16日

私のラジオデイズ94

琵琶湖の夏を彩る風物詩として定着してきた
「鳥人間コンテスト」、去年は経費削減のあおりを
受け、中止に追い込まれましたが、今年は再開
され、7月24日、25日の両日実施されました。

この「鳥人間コンテスト」の生みの親は誰か
ご存知でしょうか。

「鳥人間コンテスト」は古くからイギリスで
行われていた、「バードマン・コンテスト」が
お手本となっており、提唱者は(旧)日本自
作航空機協会の会長だった宮原旭さんです。

日本自作航空機協会は、1968年(昭和43年)
に設立され、実は私も設立当初からの会員でした。

手作りの航空機を自らの手で操縦して飛ばして
みたいという人は世の中にはいるもので、
そんな人たちが集まって結成されたのが日本
自作航空機協会でした。

東京・渋谷区富ヶ谷の宮原さんのお宅に会員たち
が集まり、ホームビルダーの本場であるアメリカの
現状や飛行機の組み立て方の基礎を学ぶことから
始まりました。

会員の中には、本田技研のエンジン開発者や
マッシュルーム栽培農家のオーナーなど様々な
職業の人たちがいて、それぞれが目を輝かせながら
自分の夢を語る姿はそれはそれは感動物でした。

会長の宮原さんは、日本のグライダー開発の
第一人者で、三菱重工の航空機設計者でもあった
ので、会員たちにとっては神様のような存在でした。

元男爵のお家柄とあって、その気品溢れるお姿、
立ち居振る舞いは神様と思えても不思議ではあり
ませんでした。

私のような若輩者(当時)でも気さくに話しかけられ、
懇切丁寧に航空力学や構造学を指導していただき
ました。

飛行機を自分で作って自分で飛ばすという夢は、
結局は実現しませんでしたが、会員の中には
見事な複葉機を製作し、実際に自らの手で飛ばした
素晴らしきヒコーキ野郎もいました。

親しくしていた会員がオートジャイロの事故で亡くなる
という悲しみも味わいました。
お正月の初飛行の出来事でした。

様々な歴史に彩られて現在はエクスペリメンタル
航空機連盟と名を改めて活動を行っている自作
航空機協会ですが、鳥人間コンテストの声を聴くと
遠い昔のあの熱気が懐かしく感じられる年齢と
なってしまいました。

でも、腕をいっぱいに広げて空を飛んでいる夢は、今でも
時々みます。
自作飛行機ではないところが悲しいですが・・・・(笑)

ラジオデイズとは関係のない話のようですが、実は
関係者の方々には様々なテーマで取材をしてラジオで
紹介させていただきました。

| 12:59 | コメント(2) | カテゴリー:田中穂蓄

コメント

田中さん、お疲れさまです。
琵琶湖、と言えば、これまた天谷さんがお生まれになる直前(19日前)小学校の夏休み、課外授業で泳ぎましたが、歳月は流れ、滋賀が本社の会社で働きました。
鳥人間コンテスト、父と妹が興味深く観ていました。
自分は、鳥人間を英訳した漫画(若干タイトルは違いますが)にハマりまして26年、わずかですが業界にもお世話になりまして、大空を翼で駆け抜ける事は夢でした!!
最近、そのバイブル作品に関わった(現役演出家でらっしゃいます)方とご縁が出来、「26年間の想いです」とお話したら、驚いてらっしゃいました・・・
年齢は6歳しか違わないのですが。
「大空を羽ばたく」がつないでくれたご縁、ゆるい感じにはなりそうですが、自分にとっては叶うと思っていなかっただけに、「夢は持ち続けるものだ」を実感している今日この頃でございます。

投稿者 ちなみん : 2010年8月16日 17:04

ちなみんさん、ありがとうございます。
「夢は持ち続けるもの」・・・・大切なことですよね!
結果はともかく、持ち続けることで様々なきっかけが生まれてきます。そのチャンスをいかに有効に活かすか、
難しいですが、生きてるってことが実感できれば儲けモンだと思います。

投稿者 ホヅミ : 2010年8月17日 10:46

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