2009年02月01日

私のラジオデイズ64

「カラオケ」というと、今や世界中で親しまれている
日本発祥の進化し続ける文化遺産?ですが・・・・・・

その昔、この「カラオケ」が売り物の番組を
担当していました。

その番組の名は、「日立・サウンド・イン・ナウ!」
1970年代の前半にスタートした番組です。

土曜日の午後3時、FM東京のスタジオから作曲家の
すぎやまこういちさんと女性アシスタントが番組を
開始します。

午後4時から(午後3時半だった気もします)
首都圏の日立の特約店(電気屋さん)から、
主に新人歌手をゲストに招いてのカラオケコーナーが
あるのですが、このコーナーの司会を
女性アシスタントと一緒に担当していました。

このコーナーは当初、西銀座のパディスコプラザから
放送していましたが、その後、日立の特約店を
回るようになりました。

当時、ゲストにお招きした新人歌手は今では
皆さん超ベテランになっていらっしゃいます。

小川知子、湯原昌幸、荒木由美子(このお2人は
今、ご夫婦です)、西崎緑などなど、数十人の歌手の
皆さんが毎回お1人ずつゲスト出演されました。

このコーナーは、始めに会場にいらしたお客様を
対象にしたイントロクイズからスタートしました。
ヒット曲のイントロを瞬間的に流してその曲名を
当てるものです。

当てた人にはマイクを向けてお名前を紹介
するのですが、そう言えば、番組中にこの
回答者の名前を忘れてもう一度聞き返すことも
何度かありましたっけ・・・・・

この後、いよいよゲスト歌手の登場となります。
当時、「カラオケ」なるものは、音楽関係者の
専門用語で、一般の人たちにはほとんど知られて
いませんでした。

東京のスタジオから流れるカラオケの音楽を
バックに、ゲスト歌手が生で歌を唄うとあって、
大人気のコーナーでした。

今のカラオケブームの火付け役はこの番組で
あるとも言われています。

私は歌が苦手なので、カラオケで歌うことは
ほとんどありませんが、仲間たちが楽しく
カラオケに興じる姿を眺めていると、昔のことが
懐かしく感じられます。

「サウンド・イン・ナウ」はまさに当時の音楽シーンの
最先端をいっていたのです。

| 12:00 | コメント(3) | カテゴリー:田中穂蓄

コメント

田中さん、再び失礼します。
自分もカラオケは好きですが、11年唄っていませんね…
昨日命日の祖父、両親と一緒に、カラオケ(スナック)へ行った際、母に「情感が足りない」と言われました…
今ならどう歌えるかですが、父は、いい声で歌うと、専ら評判が良かったです(13日前帰阪時)
自分が幼稚園の頃、こんな先駆け番組があったとは…驚きです!!

投稿者 ちなみん : 2009年2月 1日 15:06

この番組は聞き覚えがあります。
「学生街の喫茶店」は同時録音なので
カラオケというものが存在せず、
すぎやまさんがヴォーカル部分を絞った
特別バージョンの
「カラオケ」を番組で流して下さったのを、よ~く
覚えています。この時間帯はヒットチャート
モノの番組が並んでいたと記憶していますが
ビートルズの解散した70年代初頭、ジョンも
ポールもジョージもリンゴもソロで大活躍して
いた頃。テレビで放映された映画ではじめて
ビートルズのメンバーだと知った次第です。
ワーナー、CBS、ビクター、各社アイドル女性
発掘に力が入っていましたよね。
麻丘めぐみの曲をエアチェックしまくって
いたのもこの頃だったでしょうか

投稿者 吉田雅彦 : 2009年2月 1日 23:20

ちなみんさん、吉田さん、ありがとうございます。
数年前、新幹線の新横浜駅のコンコースで湯原さんを
お見かけし、別の日にホームでは荒木さんをお見かけ
しましたが、30年以上の月日が経っており、お声を
掛けることもなく通り過ぎました。
お声を掛けていたら、思い出していただけたでしょうか・・・・・

投稿者 ホヅミ : 2009年2月 2日 10:26

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