2008年11月18日

私のラジオデイズ55

FM東海がFM東京に生まれ変わることによって
様々な変化が生じました。

その第一は、当然ながら社員数が
ほぼ倍増したことです。

当時、FM東海の局員は40人程度でしたが、
FM東京の開局によって、新たに30人ほどの
社員が入ってきました。

もちろん、大学を卒業したばかりの新入社員も
いましたが、他局からの転職組や他の業界からの
中堅社員も入ってきました。

放送現場にも変化が起きました。
それまでたった一人で番組を放送していた
アナデューサーシステムを変更して、
番組制作はディレクター、喋り手はアナウンサー、
ミキシングは技術部員の3人がそれぞれの業務を
分担するようになり、最低3人のチームが番組作り
を行うようになったのです。

当時、私は昼の12時からの1時間番組を担当して
いましたが、それまで1人だったスタジオには、
番組ディレクターとミキサーの2人が新たに加わって
番組を送り出すようになりました。

正直言って、当初は仕事が実にやりにくかったことを
覚えています。
なにしろ、それまで誰にも気がねせずに1人で出来た
様々な操作、例えば、レコードのセットだとか、
CMテープのセッティングだとか、進行表との時間調整
などが、3人の息がぴったり合ってないと出来なくなった
からです。

1人から3人体制に変わった初日、多くのリスナーが
注目していたであろう最中に、とんでもないことが
起きました。

あろう事か!ディレクターが放送中のプレーヤーから
ピックアップを持ち上げ、レコードをジャケットに
仕舞い込んでしまったのです。

当然ながら、放送はプツッ!という音とともに
いきなり無音になってしまいます。
一瞬、何が起きたのか理解できず、無音は十数秒
続きました。

私 「○○さん!(ディレクターの名前)そっ、そっ、それっ!!」
○○さん「??・・・・・」
私 「そっ、そのレコード放送中のです・・・・・!!」
○○さん「!?!?!!!!!」
私 「大変失礼いたしました。途中で音楽が途切れて
   しまいました。あらためて始からお聴きいただきたいと
   思います」

とか何とか言って、確かその場をつくろったと思います。
演奏中のレコードをジャケットに仕舞い込んでしまった
などと、口が裂けても言えません。
言ったところで、リスナーに状況が理解していただける
わけはありません。

当時、FM放送は上品さを売り物にしていましたので、
  「あっははは・・・・・、ごめん!ディレクターが
   ピックアップを上げちゃってさぁ~・・・・・・!!
   このやろ!このやろ!」
なんてトークはとても出来ません。

ディレクターは、自らが犯した行為がどのような理由で
起きたのか訳も分からず、無論、私たちにも分かるはずもなく、
番組は謎を抱えたまま進行していきました。

番組初日の極度の緊張状態の中で発生した珍事に、
緊張の糸が切れたのか、番組終了と同時に逆に
おかしさがこみ上げてきましたが、さりとて笑うわけにもいかず
大いに疲れ果てた一日となりました。

1人の時がよかったな・・・・・・・
会社が新しくなったときの実感です。

続きは又次回に・・・・・・

| 12:00 | コメント(2) | カテゴリー:田中穂蓄

コメント

田中さん、お疲れさまです。
今回のお話、よく解ります。
自分も、時間と状況が許し、全部担当出来る能力を持っていたら、全パート担当したいです!!
自分は、コンビネーションプレイも得意ですが、本来、他人に気を使う質なので、「全部自分で出来たら…」と思います!!
なかなか出来ないのが、チームプレイ・組織であったりしますが…

投稿者 ちなみん : 2008年11月18日 16:53

最初は1人で放送をしていたなんて、公共放送として
何だか信じられないコトですね~

しかも初日からそんな大失態・・・・・。

今だったら考えられないです、放送中のレコードを
ジャケットにしまうなんて(笑)

投稿者 レッドファーム : 2008年11月18日 22:02

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