2007年06月11日

私のラジオデイズ12

民間放送がスタートした頃の番組は、
歌謡番組やラジオドラマ、芸能バラエティーや
寄席中継などが人気でした。
そんな中、ポピュラー音楽も徐々に人気を
集めていました。

hozumi.JPG

戦後しばらくは、ジャズが主流でしたが、
その後、ソロシンガーが活躍するようになり、
フランク・シナトラやジョニー・レイ、女性歌手では
パティー・ペイジやジョー・スタフォードなどが人気を
集めるようになりました。

また、オーケストラ(楽団)によるダンス音楽や
ムードミュージックも人気となりました。
ビリー・ボーン楽団やヴィクター・ヤング楽団、
マントヴァーニ・オーケストラや
パーシー・フェイス・オーケストラなどは日本人の
大好きな楽団でした。

やがてロックン・ロールが誕生すると
ポピュラー界は俄然、勢いを増してきました。
1950年代になると、ポピュラー番組が
盛んになり、志摩由起夫や関光夫、
糸居五郎、モンティー本田、イソノテルヲ、
高崎一郎、茂木幹弘などのいわゆるDJが
活躍するようになります。

そんな中で私の愛聴番組は、文化放送の
「ユアー・ヒットパレード」でした。
茂木幹弘さんと田中マリ子さんの名コンビで
人気を博した番組で、毎週、ヒットランキングを
英語の単語帳を使って書き残していました。
英語の勉強はそっちのけでしたが、あの当時の
曲名とアーティスト名は今でもよく覚えています。

ちなみに、私が最初に強烈な印象として記憶している
ポピュラー音楽は、アーサー・キッドという
黒人女性シンガーの「ショー・ジョー・ジ」という曲でした。
小学5年生の頃だったと思います。

同居していた叔父が電蓄(電気蓄音機)を作り、
この曲をよく聴いていたので覚えてしまいました。
曲は何のことはない野口雨情作詞、中山晋平作曲の
「証城寺の狸ばやし」を英語で歌ったもので、
アーサー・キッドの強烈な歌声と歌唱力にすっかり
はまってしまいました。

  ショ ショ ショジョージ ショージョージニ ウダツ
  イット イズ アレワイハングリー サッシシナポポポイ
  アレワズハングリー ベーリーハングリー
  ダッパキシンザスノー

意味不明ですが、子供の耳にはこんな風に聴こえました。

「私のラジオデイズ」、これからしばらくはポップスの
記憶を辿ってみることにします。

| 10:22 | コメント(2) | カテゴリー:田中穂蓄

コメント

ボクの知らない時代のお話ですが興味深く拝見させていただきました。
ボクがラジオを聴き始めたのは小学校の高学年の頃だったとおもいます。TVではベストテンなどの音楽番組が大流行だった頃でラジオでもそうしたものが多かったと思います。
お気に入りの歌手の歌をカセットに録音していたことを思い出しました。

投稿者 べに : 2007年6月11日 23:41

べにさん、ありがとうございます。
「ユア・ヒット・パレード」は
昭和30年10月1日から昭和51年1月18日まで
放送された長寿番組で、当時は映画音楽が数多く
ランクインしていました。
サウンドトラックからのテーマ曲が売り物となっており、
レコード(当時はCDはありませんでした)では
聴けない貴重な音源もありました。
例えば、私の大好きな「大いなる西部」の主題曲は、
馬車の轍の音や、犬の鳴き声などが挿入されており、
臨場感溢れるテーマ曲になっています。
また、国民的映画音楽の「エデンの東」の主題曲は
なんと!2年半も第1位をキープしていました。
今日ではとても信じられませんが、名曲はいつの時代でも
人々を感動し続けます。

投稿者 ホヅミ : 2007年6月12日 12:07

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