2021年02月06日

カノジョのカメラ

約束の時間、彼女は既に約束の場所にいた。つぶらな瞳と小さな頭。一目見て広瀬すずに似ていると思った!いや、もっと小顔でエキゾチックな目元だ。

せっかくの美貌も大袈裟なN95マスクのせいで口もとが見えない。もう何度も足を運んだ部屋だから気楽なものだ。座って欲しいという彼女の言葉に抗して、ベッドにゴロンと横になって傍らの彼女の顔を下から見上げる。
決して笑顔は見せようとしない。その鋭い眼つきは肉食獣を警戒する小動物のそれだ。が、こんな可愛い容貌なら一日中見ていても飽きない。

ブルーグリーンで無地のシンプルな装いが清純さを演出する。

視線はずっと傍らのテレビモニターを見つめたままで言葉少なに黙々と、しかもせっかくのデートとは全く無縁の仕事に没頭しているところを見ると、ツンデレなのか?と思ってしまう。「いきなりだけど、ひざまくらしてくれる?」喉元まで出かかったそんな言葉を押しとどめるように、突っ立ったままの彼女は僕の口を無理矢理開いて.........


中学の時、本門寺の境内で挙行した初デートでは恥ずかしくてなかなか彼女の顔に目線を合わせられなかったものだ。季節もちょうど今頃、くるぶしまでありそうな赤いロングスカートばかりが目に焼き付いた。

あの場所からも至近距離のこの場所にいる今の私は、遠慮なく彼女の顔を凝視する。が、もうちょっと下を向いてください!とたしなめられてしまった。気に障ったのだろうか?

口元を弄るように彼女の小さくて柔らかそうな指先が手に持った高価なカメラの操作ダイヤルを小刻みにいじっているのは照れ隠しなのだろうか?それとも...

思えばあっという間の土曜朝の逢瀬だった。別れ際、どうしても聞いておきたいことがあった。

「先生のお名前は?」

しかし彼女の言葉はそっけないものだった。

「10時からこのファイル持って内科受付に行ってください。」

また逢いたいとは遂に遂に言葉に出来なかった。今までで一番優しい胃カメラ操作だったけど💗

| 23:08 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

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