2021年01月13日

まだバブル前

まだまだ上がることを止めない東証株価、いったい誰が何で買い支えているかはともかく、これがいつどんな形で暴落するか心配で心配で・・・
今の株価水準は1990年8月ごろの水準...とはいっても当時は頂点から転げ落ちる過程、右上がりの成長機では決してありません。

そんな30年前の今頃、まさしくバブルの頂点を迎えようとしていたのが当時のF1人気でした。
プロスト、セナにマンセルやピケといった千両役者たちが勢ぞろいする中、中島悟や鈴木亜久里も現役選手として名前を連ねていました。
と言っておまだ日本人で表彰台に乗ったことがあるのは皆無......秋に開催された日本グランプリで重く非力なラルースのマシンを操った鈴木亜久里が何と三位表彰台に上ってしまいます!!!

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でも魅力的な車は沢山ありました。その頂点はやはりアイルトンが乗ったマクラーレン・ホンダMP4/6でしょうか?(中嶋悟のティレル020も注目を集めたものです。)

それまではTV中継こそされていたものの、広く一般にF1人気がブレイクしたのは、この1990年10月からでした。
女性誌ですらも軒並みF1特集にページを割き、入門開設やレースの見どころ、選手のプロフィールなど詳しく解説し始めたのですからまさにF1バブル、と呼ぶにふさわしい狂乱ぶりでした。

話題の主役はもちろんホンダV12気筒エンジンを搭載したマクラーレンmp4/6を駆るアイルトンセナ。貴公子の称号にふさわしい容姿と類まれなるテクニックで女性ファンを魅了しきりまくりでした。
ライバルも百花繚乱、プロストにマンセル、英仏の意地がぶつかり合う個性の競演も見ものでした。91年シーズンはアクティブサスで攻めまくるウィリアムズ・ルノーのナイジェルマンセルがモナコでセナとの激闘を繰り広げたり,F1黄金時代と呼ぶにふさわしい名勝負をいくつも彩ってきました。

今ではジュニアたちも大活躍、当人たちは監督業に忙しかったり悠々自適だったり黄泉の国へ旅立ったり・・・・・・

1990年以来というフレーズをニュースで聞くたびにこんな思い出が頭をよぎってくるものです。
もちろんウォーターフロントを賑わわせた丈の短いワンピを着たおねーさん達の踊る姿も・・・・

| 12:54 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

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