2017年01月17日

あれから22年

1995年1月17日午前6時前、すでに東京ではいくつもの早朝番組が生放送を開始していました。かすかな揺れと共に関西から入電してくる夥しい数の震度速報・・・阪神淡路大震災で、いち早く惨状が地上から中継された場所が淡路島の北淡町でした。折り重なるように倒壊した家屋が幾つも画面に映し出されています。
DSC01696.jpg その北淡町には「淡路島北淡町震災記念館」があります。所在地はまさしくあの断層の真上。実際に被災した家屋が丸ごと保存されており、倒れ掛かった食器棚、一面に散乱する割れた食器などあの瞬間をそのままフリーズした状態で保存されています。この家屋は幸いにも倒壊を免れましたが、庭先には120cmもずれた断層の痕跡が。


ほかにも震災で寸断された道路、民家,農地、それに巨大な揺れを引き起こした断層があの時のままの形でリアルに保存されています。このお家,震災後もしばらくは居住されていたものを買い上げて一般公開しており,台所の惨状はあの日のまま。止まったままの掛け時計と併せて歴史的にも貴重な資料となるに違いありません。

地震で発生した断層面を真横から見てみると70°くらいの角度でせり上がった断面の様子が良く分かります。横ずれの幅は実に120cm。
DSC01702.jpg


三陸を襲った大津波の前に,津波に関する基礎的な教育・報道がもっと徹底されていれば救える命がもっとあったのではなかったか・・・・・震災以来、常に頭をよぎるテーマです。見学コースの終わりには南海トラフを震源とした津波の到達時刻の予想と到達範囲、これに備える四国・黒潮町の取り組みが紹介されていました。
DSC01709.jpg
・・・・・・実はこれから本当に必要になって来るのがこの部分です!遅かれ早かれ発生が予想されている東南海沖地震・震源地の如何にもよりますが、発生から20分以内に伊豆半島に大津波の第一波が到達、房総半島も30分以内に第一波が到達する計算です・・・・・

実際に北淡町を訪れることで地元経済にも(ホンの数千円ですが)貢献したばかりか、訪問者自身にも自己啓発や防災意識を高めると云う、大きなお土産をもたらしてくれます。そのことを亡くなった犠牲者の霊達も決して悪くは思っていないことでしょう。

| 02:50 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

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