2008年04月28日

私のラジオデイズ26

しばらくサボっていた「私のラジオデイズ」、
今回からは、私の新人時代でもあるFM放送の
黎明期を、当時の世相などを織り込みながら
振り返っていきたいと思います。

まずは、「二束の草鞋」というお話し・・・・

日本でFM放送が本格的にスタートしたのは、
1960年代初期です。

1963年12月に東京でNHKのFMステレオ放送が
スタートし、翌1964年までに全国の主要都市でも
FMステレオ放送が聴取できるようになりました。

民間FM放送はというと、一般事業者による日本で
最初のFM放送は、名古屋に誕生したFM愛知で
1969年12月24日の開局、次いでFM大阪が
1970年4月1日に開局、そして、僅かに遅れて東京に
全国3局目となるFM東京が1970年4月26日に
開局しました。

尤も、FM東京の前身は1960年に開局した東海大学の
実験局、後の実用化試験局である「FM東海」ですので、
実質的にはこれが日本で最初の民間FM放送局と
なります。

私が入社した1967年当時は、まだFM東京に
なっていない実用化試験局の時代でした。
実用化試験局というのは、その名のごとく実用化に
向けてビジネスとしてのFM放送の可能性を探るための
ものでした。

従って、放送形態は一般の民間放送となんら変ることなく、
スポンサーが番組提供を行ない、CMも放送していました。

当時、在京放送局一本に絞って就職活動をしていた私は、
2次面接までいった局はあったものの、結局は就職できず、
卒業論文を提出せずに、もう一年頑張るつもりで留年手続き
を行いました。

ところが、授業料を払い込んだ直後にFM東海のアナウンサー
募集の広告を新聞で見つけ、これが最後の挑戦と受験した
結果、合格と相成りました。

300人ほどの応募者のなかで採用は、アナウンサーと
ディレクター職各1名の2人だけ、ディレクターは
中途採用の社会人でした。

となると、卒業論文の単位が不足していますので、
このままでは卒業することも、就職することも出来ません。
そこで、就職課に相談すると、授業には出なくてもいいので
放送現場での経験をリポート用紙にまとめ、提出せよ
との「大岡裁き」で決着することになりました。

かくして、学生と社会人の二束の草鞋を履いたまま、
私のアナウンサー人生はスタートしたのです。

| 11:46 | コメント(3) | カテゴリー:田中穂蓄

コメント

田中さん、お疲れさまです。
そうですか、FM東京はおとといで38年、FM愛知は亡き妹が生まれた年開局だったのですね・・・
多田さんのおとといの記事でも書かせて頂いていますが、おとといは、21年前最後に一緒に出掛けた日の為、絶対忘れる事のない日です!!
そして、自分にとって少年期身近だったFM大阪も、大阪万博の年開局だったのですね・・・
「大岡裁き」歴史好きと、時代劇好きだった母の影響もあり、懐かしく感じました!!
田中さん、学生と念願のアナウンサーとの二足の草鞋、何という強運、そしてドラマチックな展開・・・
田中さん、続きを楽しみにしています!!

投稿者 ちなみん : 2008年4月28日 11:04

びっくりです。会社の方も素敵な「裁き」ですね。次回を楽しみにしています。

投稿者 すーちゃん : 2008年4月28日 12:32

なんだかすごいエピソードですね。おまけに足りない単位を
レポートで良いってところが。今で言うインターン制度の
はしりでしょうか?(苦笑)

FM東海時代は日本のFMの産みの苦しみの時代でもありますから
ゆっくりご拝聴したいものです。あのジャイルズ・ピーターソンも
昔は海賊ラジオでデビューでしたからね^^;

投稿者 しろくま : 2008年5月 1日 18:48

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