2006年12月05日

たいようのとうにさようなら

昭和45年大阪千里丘陵で開かれた国際博覧会が大阪万博
そのシンボルタワーともいえるのが会場中央にそびえ立つ
太陽の塔。イベント会場のお祭り広場を覆う大屋根を両手で
支えているかのような配置になっていました。

営業期間中は胴体内部も公開されていて,腕の先まで
エスカレーターに乗って展示を見学することが出来ました。
と言っても抽象的なオブジェばかりで,赤く塗られた壁面
くらいしか印象には残っていません。

当初は閉会と共に,解体される筈でしたが,大屋根撤去の後
こうして単体で生き残って、今年で丸42年

今も高度成長時代の大阪を物語るモニュメントとして
千里の万博記念公園の真ん中で,観光客を迎えてくれます。
吹田インターから分岐する高速道路からも一瞬だけその姿を
見ることが出来ますね。

・・・・・えっ、お呼びじゃない?
DSCN1640.jpg

(たいようのとう、うしろすがた)
・・・・・こりゃまた失礼しました〜
青島さんも植木さんも桜井センリさんも鬼籍入りして
この世にいるのは犬塚さんだけになってしまいました
青島さん、都知事は今後ずっと作家が務めるんですか?

| 12:52 | コメント(0) | カテゴリー:吉田雅彦

コメント

■コメントはこちらへ


保存しますか?
(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)


2022年 2月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28          

バックナンバー

カテゴリー